第17話 憑依
荷物を半分ほど減らし、電車に乗って葛城駅まで移動する。
そのまま真っ直ぐ葛城城を目指し、牡丹のいる公園の隅っこまでテクテクと歩く。もちろん手を繋いで。
道中、ブロック塀に埋まっている喜平にも挨拶をしたんだ。
彼は俺たちの荷物の多さにいたく受けていたようで、ひゃっひゃと指をさして笑っていた。お元気そうで何よりだよ。
こんなことで笑ってくれるなら、もう一度大荷物を抱えて彼に会いに行ってもいいなと思ったりして。
チリンチリン――。
澄んだ鈴の音が聞こえてきた。
桜のつぼみも膨らんできて、満開になる日も近いなあ。なんとか桜の花があるうちに二人を会わせてあげたい。
「牡丹さん、何度見ても綺麗よね」
猫のような目をキラキラ輝かせながら、陽毬が誰に向けたでもなく呟く。
確かに、小柄の鈴を鳴らす牡丹は儚げでとても美しい。
彼女はカラスの羽より尚透き通った黒さを持つ長い髪に、切れ長の瞳とパーツパーツが全て端麗なのだが、それだけじゃあない。
いや、普通に超美人だと思うんだけど、ハッとなるほどの彼女の美しさは「今にも消えてしまいそうな儚く朧げ」であることから来ているのだと思う。
確かに綺麗なんだけど、何だか物悲しくて……上手く言えないけど、幸せになって欲しいなって。
俺のわがままだってことは分かっているさ。でも、俺は願う。彼女の悲しい顔は見たくないと。
既に幽霊になっている彼女にこんなことを願うのはおかしな話だってことは分かっている。単なる俺のエゴだってことも。
だけど、それでも尚、俺は彼女に笑顔を見せて欲しい。儚げな美しさを見たくない。例えそれが、どれほど美しかろうとも、だ。
「陽翔様、陽毬様。来ていただけたのですね」
俺と陽毬の姿に気が付いた牡丹は、鈴を振るのをやめこちらに体ごと向きを変える。
口元だけ薄く浮かべた笑みがなんともまあ、柔らかで今にも消えてしまいそうな……守ってあげたいと自然に思わせるんだよな。
「何よ?」
「いや、何でも」
「ど、どうせ、私は牡丹さんみたく綺麗じゃあないわよ」
「そら、系統が違うからな。牡丹さんには牡丹さんの良さがあり、陽毬には陽毬の良さがあるんだって」
「その表現、何だかいやらしいわ」
汚らわしいとばかりにシッシと手を振る陽毬であったが、繋いだほうの手はしっかりと握りしめている。
俺は儚くて美しい月見草や忘れな草より、ひまわりのような元気一杯の花の方が好きだぜ。
なあんて。
花に例えたのは間違いだったな。俺、ほとんど花の名前なんて知らないし……。
「お二人は本当に仲が良いのですね」
「そ、そんなこと……少しはあるかも」
「少しかよ」
「もうちょっと?」
「そうだな」
変なやり取りに俺と陽毬は吹き出してしまった。
つられて牡丹も口元に手をあてクスリとしている。
ひとしきり笑ったところで、陽毬がさっそく牡丹に話を切り出す。
「牡丹さん。ちょっとご協力して欲しいことがあるんです」
「何でしょうか。これほど笑ったのは久方ぶりです。そのお礼にと言っては失礼かもしれませんが、私にできることなら」
「え、えっとですね」
そこで俺を見るのかよ。
「うむ」とカッコよく陽毬に頷きを返すと、彼女は再び口を開く。
一方で牡丹は優し気な顔でじっと彼女の言葉を待っていた。
「牡丹さんがここから移動できないか、いろいろ試したいんです。ご協力していただけますか?」
「ここから動くことができるかもしれないのですか。是非、ご協力させてください」
「良かったです」
「お二方とも私のために、このような。そのお気持ちだけでも胸が一杯になります」
小柄を胸に抱え、ギュッと握りしめる牡丹。
目を瞑り、何を思ったのかほうと色っぽく息を吐く。
「陽翔。すぐに準備よ」
「おうさ」
段ボール箱はさすがに持ってきていないから、小物類への憑依から試してみるとしようか。
それじゃあ、まずは数珠を持って牡丹さんに。
っておい。
陽毬が横から数珠をかすめとりやがった。
「私がやるわ。あなたがやるといやらしいところに触りそうだし」
「触れないってのは知っているだろうに……」
「触れたら触るって言っているのと同じよ。それ」
「そ、そんなことないさ!」
「どさくさに紛れて、胸とかにタッチしたりするんでしょ」
「しねえって」
陽毬が数珠を持っている方の手で自分のふくらみのない胸元に当て、じとーっと俺を見やる。
「やっぱりいやらしい。どこを見ているのかしら?」
「いや、数珠だが?」
やれやれと肩を竦め首を左右に振ると、陽毬がかああっと頬が赤くする。
「し、失礼ね。私じゃあ興味がないっていうの?」
「だから、見てないって言ってるじゃないか。見てもいいの?」
「そんなわけないでしょ。見たらダメよ。分かった?」
「へいへい」
胸の話はいいから、とっとと初めてくれないものかな……。
ぺったんこなのは分かったから。
そのうち牡丹くらいには成長するのかねえ。無理じゃないかなあ。
べし――。
「痛っ」
「変な事を考えていたでしょ」
「そ、そんなことないわよ?」
「とってもいやらしい顔をしていたわよ」
「そ、そんなことないわよおお」
「その口調。かなり気持ち悪いわ……」
「そ、そうか。それより、牡丹さんがずっと待っていてくれているぞ」
「す、すいません。牡丹さん。この馬鹿がオイタを」
そこで、俺に振るのかよお。
間違っている。それは違う。断固抗議する。
何てのは心の中でしか言えない弱い俺であった。
でも、牡丹ははにかみ「楽しそうですね」とだけ呟くんだ。
やり取りを牡丹にずっと見られていたことが恥ずかしかったのか、陽毬は子供っぽく口をすぼめ赤くなったまま牡丹の元へと近寄って行く。
もちろん、俺の手を引っ張りながら。
「数珠に手を当ててみてください」
「こうですか」
え?
ええええ。
牡丹の手が数珠に、いや、陽毬の手に重なると彼女の手が消えた!
「陽毬、牡丹さん!」
何事かと思い、大きな声で二人の名を呼ぶ。
「大丈夫よ。私は何ともないわ。牡丹さんはどうですか?」
「右手が暖かいです。これが生の暖かさなのですね。久しく忘れておりました」
「そのまま、私に重なってみてもらえますか?」
「いいんですか? 陽毬様」
「はい」
「その前に」
と前置きすると、牡丹は陽毬の手の中に入った自分の手を上にあげる。
すると、牡丹の手が元の形で外に出て来た。
なるほど。
一度入って、元に戻ることができるのか試してくれたのか。
「あ、ありがとうございます。舞い上がってしまい、抜けてました」
陽毬が素直にペコリとお辞儀をする。
「いえ。私が陽毬様にご迷惑をおかけするわけにはいきませんので」
「それでは、改めて重なってもいいですか?」
「はい。よろしくお願いいたします」
陽毬が一歩前に踏み出し、牡丹と顔を見合わせお互いに頷きを返す。
更に一歩陽毬が進むと、牡丹と陽毬の姿が重なった。
ま、まあ。牡丹の方が頭一つくらい陽毬より背が高いんだけどな。
そんなことはどうでもいい。
半分以上、陽毬と牡丹が重なったところで牡丹の姿がふっと消えたんだ。
「陽毬、牡丹さん?」
「ここ、牡丹さんはここにいるわ」
陽毬は自分の小さな胸に手を当てる。
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