第16話 なにもないもん
「さてと」
これ以上踏み込むのは危険と判断した俺はよっこらせっと立ち上がる。
息も落ち着いてきたことだし、そろそろはじめるとしようか。
俺が立ち上がると、手を繋いだ彼女の引っ張られるように腰をあげることになる。
「まず何から試そうかしら」
「派手なのからやってみよう」
「ふっ……」
「何だよお」
似合わない顔しやがってえ。口を子供っぽくすぼめても……やべえ、可愛いかもしれん。
「
「い、いいじゃないかよ。長十郎さんだって、喜んでくれると思うし?」
言い合っていると、長十郎が口を挟んでくる。
「して、そなたら何をしようとしておるのだ?」
もっともな質問だ。
一番肝心なことが抜けていたぞ。
「えっとですね。長十郎さん、散歩したいとか思いません?」
「いつも思っておるよ。ここから動くことができればどれほどのものか、外の様子を見ることも叶わぬからな」
「何とかできないかなと思って、いろいろ持ってきたんです」
「誠か。それは……かたじけない」
「うまく行くか分かりませんが……」
「良い良い。お気に召されるな。そなたらの心意義に某、いたく感動いたした」
カラカラと頭に手をやり首を振る長十郎は、はやる気持ちを抑えきれない様子だった。
彼を見ていたら俄然やる気が出て来たぞ。
まずは、これだ!
買い物袋から取り出したるは小さな円柱の缶。缶コーヒーの小さいサイズの半分くらいだ。
蓋を開けて、外側の透明容器にペットボトルから水を少し垂らして準備は完了と超簡単。あとはこの缶を透明容器に戻せばよい。
「陽毬」
「持ったわよ」
陽毬は100均でかった小さなアクリルボールに糸を通し繋げたアイテムを握りしめて上に掲げる。
数珠に見立てたんだけど、それっぽく見えるから良しだろ。なかなかうまくできていると思う。
「じゃあ、行くぞ」
小さな缶を透明容器に浸す。
すぐにしゅうううっという音が鳴り、勢いよく煙が噴き出した。
もわもわもわと煙が長十郎を包み込む。
煙がむせたのか目に涙を浮かべつつも、陽毬が長十郎の後ろに立つ。
「い、移動できますか? 長十郎さん」
陽毬が聞くが、長十郎は首を横に振る。
だ、ダメかあ。
霊の道をつくる方法の一つだったんだけど、時期が悪いのかやり方が不味かったのかは不明。
「こ、これならどうですか?」
煙の種類を変えてみることにした俺は、線香に火をつけ長十郎へ向ける。
んー。線香の匂いって何だか落ち着かないか? かぐとこう心が休まるというか。
しかし、長十郎は無言でまたしても首を横に振る。
うーん。
道を作るのは難しそうだ。そもそも、煙だと行きたい方向へ上手く移動できないだろうし。
なら、発想を変えたこっちだな。
100均で購入したおもちゃの太鼓と段ボール箱(ホームセンター産)を用意する。
俺が太鼓をぽんぽこ叩き、長十郎に段ボール箱へ入ってもらう。
両足で立つ侍の足元が段ボール箱とは……なかなか酷い絵面だが、そこへ陽毬が赤インクを垂らす。
ぽたぽた……。しかし何も起こらない。
「これもダメか」
「そのようでござるな」
腕を組み渋い顔をする長十郎だったが、足元は段ボール箱のままである。
いたたまれなくなり、長十郎の足元にある段ボール箱をそっと動かす。
すると、何ら抵抗がなく彼の脚を段ボール箱がすり抜けた。
やっぱり、彼は亡霊なんだなと実感してしまう。
彼は何にも触れることができない。彼は時折、杉の木へ手をやる仕草を見せるけど実際には杉の木には触れていないんだ。
触れると手が杉の木にめり込んでしまうのだから。
「長十郎さん、これに手を触れてみてください」
まだだ。まだ終わらんぞ。
買い物袋から藁を束ね人型にした人形みたいな何か(自作)を、長十郎へ向ける。
彼は不気味なそれに躊躇することなく手を触れた。
しかし、やはりというか何というか彼の手は人形みたいな何かをすり抜けてしまった。
この後、いろんな物に触れてもらうが、全て意図した結果にはならず……。
「うーん。そう簡単にはいかないか」
「これは何を意図したものでござるか?」
「うまく行けば、物に長十郎さんが憑依して、俺たちが運ぶって感じで一緒に移動できるようにってものです」
「ほうほう。依り代みたいなものか。陰陽師みたいだの。お主ら」
「ははは。陰陽師みたくカッコよくとはいかなかったですけど……」
「いやいや。なんのなんの。そなたらは存分に粋であったぞ」
長十郎はそう言って褒めてくれるが、試した内容が内容だけに乾いた笑いしか出てこないぜ。
陽毬もあちゃーっと口元に手を当てているし、結果は散々ってところだな。
もう一つ、試しておこう。
「長十郎さん、手に触れてもいいですか?」
「もちろんだとも」
右手を差し出す長十郎の手を握ろうとするが、やはりすかっとすり抜けてしまった。
俺に憑依できたらなあと思ったけど、やっぱりダメか。
「陽毬」
「そうね」
はあと小さなため息をつき、長十郎に向け頭を下げる。
「長十郎さん、また来ます。今度はまた別の準備をしてきます!」
「そうかそうか。某としては実に愉快だったぞ」
大きく手を振る長十郎に合わせ、隼丸もひひんと嘶く。
お別れはいつも同じ感じでクスリとくる俺であった。
◇◇◇
神社から出て細い道を歩きながら、陽毬へ声をかける。
ふと思うところがあってさ。
「霊って個人差があったりしないのかな?」
「おもしろいことを言うわね」
陽毬がその場で急に立ち止まるものだから、前を行く彼女の背にぶつかってしまった。
「ご、ごめん」
「立ち止まった私が悪いのよ。ありがと」
ぶつかったことで前によろけてしまった陽毬を繋いだ手で支える。
思った以上に軽くてビックリした。
ぽふん。
「う、ごめん」
「こ、これはちょっと恥ずかしいわ……でも、悪くはないわね」
「だあああ。冷静に感想を述べるんじゃないってえ」
「あはは。面白いわね、あなた」
「ひゃああ。指先を首に当てたらあかん、あかんて」
「変な言葉遣いになっているわよ」
胸に当てた頬を離し、陽毬は目に涙をにじませながら声を出して笑い転げる。
余りに笑い過ぎたのか、彼女はそのまましゃがみ込んでしまう。
「笑い過ぎだろ」
手持無沙汰になった繋いでいない方の手で自分の髪の毛をぐしゃっとかき回す。
「だって。あなたの顔が余りに面白くて。『ひゃああ』って何よ、もう」
「そんなこと言ってないもん」
「子供っぽく言っても誤魔化せないわよ。可愛くないし」
「う、ううう。行くぞ。ほら」
座る彼女を引っ張り上げ、今度は俺が前に出る。
「分かったわよ。それで、霊に個人差だっけ?」
「そうそう。牡丹さんにも同じことを試してみないか?」
「いいわね。せっかくいろいろ準備したんだし、牡丹さんにも試してみてからまた考えましょう」
「おう!」
可能性は低いだろうけど、やらないよりはやった方がいいだろ。
万に一つってこともあるだろうし。
……さっきからこう、視線を感じるんだよ。妙に生暖かい視線を。
また何か変な事を言っていたっけ?
「どうした?」
「なにもないもん」
「……」
聞くんじゃなかったよ!
俺じゃなくて陽毬が言うと様になるから少し悔しい。てか、可愛い。
元々、可愛い系の見た目をしているから、似合うんだよな。でも本人は、絶対そんなセリフを呟かないってことも知っている。
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