第15話 難しい話はよくわからん

 ベッドに寝ころんだところで、とあることに気が付いた。

 俺……陽毬の写真一つとってないじゃないか。真奈はちゃっかりパシャリとしていたというのに。

 ならば、やるしかない。

 陽毬をスマートフォンでパシャリ大作戦を決行するのだ。

 ど、どうやって……。ま、待て。いざやるとなると手が浮かばない。

 ゴロゴロとベッドを寝転がるが、もちろん何もいいアイデアなんぞ浮かんでこなかった。

 

 この悶々とした気持ちは、そうだな。

 おもむろにスマートフォンを握りしめ、勢いよくタップする。


「だああああ。20回やって全部コモンとかありえねえ。SSRとは言わない、せめてSRの一つくらい出てくれよ……」


 ますます激しくベッドを転がり――落ちた。


「痛てええ」


 したたかに後頭部を打ち付け、別の意味で悶えていると隣の部屋から声だけが響く。

 

「お兄ちゃん。陽毬さんのことで盛り上がるのは分かるけど、暴れすぎ」

「ち、違うわ。陽毬のことじゃないわ!」

「へえ。やっぱり名前で呼んでいるんだあ」


 壁越しだが、妹が今どんな表情を浮かべているのかありありと分かる。

 もういい、寝よう。

 スマートフォンを放り投げたところで、ブルブルと震える。

 

『明日は駅前に9時よ』


 陽毬らしい余計な装飾が一切ない文面にくすりとした。

 

『分かってるって』


 返信し、今度こそ寝る俺であった。

 

 ◇◇◇


「ちょ、ちょっと多すぎないか……」

「備えあれば憂いなしよ!」


 元気に返事をする陽毬だったが、両手に抱えた荷物でよろけているぞ。

 彼女の小さな体には酷だと思う。

 俺たちは駅前で集合して、ホームセンターに行った後、自転車置き場まで戻っている。

 彼女の荷物を持ってあげたいんだけど、俺の手には彼女以上の荷物が。

 でも、すぐそこだし。

 

 両手で持った大きな買い物袋を片手で持ち直し、彼女の手から買い物袋を一つひょいっと取り上げる。


「もう一個もここに乗せてくれ」

「え、でも、そんなひょろっとしているのに」

「大丈夫だって。これでも一応、男だしな」

「頼もしい!」

「こ、こら」


 その空いた手は俺の背中をパーンするために空けたものじゃあない。

 よ、よろけるからな。容赦なくよたるからなあ。

 

「あはは」

「あ、危なかった」


 右方向へ倒れそうになった俺に対し、彼女が背中で俺の体を支える。

 ぐぐっと押し戻してくれたことで元の体勢になることができた。


「ありがとう。男らしかったよ」


 自転車の前に荷物を置いた後、上目遣いでそんなことをのたまってくる彼女。

 なんでもそうやってお色気目線を送れば俺が騙されると思ったら大間違いだ。

 

「男らしいなんて思ってないだろ」

「えー。そんなことないわよー?」


 陽毬は尾てい骨辺りに両手をやり、ワザとらしく左右に体を揺する。

 そんなあからさまに嘘でーすって言わんでも。

 

「ま、まあいい。荷物を乗せるぜ」

 

 荷物を取ろうと体を前かがみにし、手を伸ばす。


「男らしいはともかく、『ありがとう』ってのは本当よ」


 そんな俺の耳元に彼女が口を寄せ、囁いた。


「お、おう」

「照れてる」

「照れてないわあ」


 感謝の気持ちで顔を赤くしたんじゃあない。

 陽毬が不意に急接近したことで、ほら、な。分かるだろ?

 彼女から顔を背け、いそいそと荷物を自転車のカゴに乗せて行く。

 うん、入らない。

 入らない分はハンドルに引っかけてっと。よし、これでおっけーだ。

 

「一旦これを、長十郎さんのところまで運ぼうか」

「そうね。その後、私は家に戻って昨日買った物を持ってくるわね」

「頼んだ」

「頼まれたわ」


 二人並んで自転車を漕ぎ始めた。

 荷物が満載でなかなかバランスがシビアだが、まあ、何とかなるだろ。

 

 ◇◇◇

 

「これで最後よ」


 お堂の裏手に並べた沢山の荷物に並べるように陽毬が手に持った買い物袋を置く。

 

「よおし、終わった」


 ふうと息を吐き、その場で腰を降ろす。

 彼女も疲れていたようで、俺の隣にペタンと座った。

 どちらともなく手を伸ばし、彼女と手を繋ぐ。

 ようやく俺も彼女と手を繋ぐことに慣れてきた。

 いちいちドキドキなんてしていられないからな……いや、正直に言うと今でも自分から手を繋ぐと少しドキッとする。

 ひんやりとした彼女の小さな手が、どうにもこう。


「お主ら、よくもまあそれだけの品物を持ち込んだものだな」


 長十郎は腕を組んだまま感心したように、うむうむと頷く。彼の声に合わせるかのように隼丸もひひんと嘶いた。

 荷物を全て降ろすなり、お堂の裏まで全て運び込んだんだ。

 長十郎はこれから何をするのだろうと興味深々の様子。

 

 さてと。準備は整ったぞ。

 陽毬と目を合わせ、頷き合う。

 だけど、まだ息があがっていて何ともこうにも。

 

「す、少し待ってください」

 

 と長十郎に言うが彼は――


「某はお主らが来てくれるだけで愉快なのだ。待てとは退屈なことであろう? 某にとってはお主らの前で待つことなど有り得ぬよ」


 なんて返してカラカラと本当に楽しそうに笑うのだ。

 懐に右手を突っ込み、腹を抑えて笑う彼の姿にくるものがある。

 彼はここでどれだけ一人ぼっちで過ごしてきたのだろうか。戦争があったというから、江戸時代より前からなのかな。


「長十郎さんの時代は、誰が天下を取っていたのですか?」


 ふと聞いてみたくなった。彼の生きた時代の歴史を。

 

「そうさの。天下か……難しい。ここは京より遠方だ」

「京に足利家がいたり?」

「室町様はおられたがいい噂は聞かなかった。お、そうそう。上総介かずさのすけ様が最も勢いがあるという話がこちらにまで届いておった。私のところまで噂が来るのだ。天下に近いのだろう」


 誰だそれ?

 足利将軍なら俺でも知っているけど、上総介ってのが誰だかとんと想像がつかない。

 室町時代かその後の戦国時代辺りだろうか。

 首を傾けていると、陽毬がポンと膝を打つ。

 

「上総介ってことは戦国時代ね」

「そうなの?」

「うん。あなたでも織田信長と言えば分かるかしら?」

「それくらいなら、日本史を選択していない俺でも分かる!」


 そうかあ。織田信長が活躍していた時代だったんだな。

 

「それで、上総介って誰なんだろ? 有名な人?」

「ちょ、ちょっとあなた……今ので分からないの?」

「え、あ、うん」

「上総介が織田信長よ」

「え、えええ! 違う名前じゃないか」

「いろいろ呼び名があるのよ」


 そんなあからさまにガッカリしたように胡乱な目で見つめないで欲しいぜ……。

 上総介って聞いてピンとくる陽毬の知識がすごいだけなんだ。俺は決して物を知らないわけじゃあない。

 うんうん。


「長十郎さん、長十郎さんのところのお殿様の家紋って何だったんですか?」


 お、おおおい。

 陽毬。俺についていけないお話をはじめてしまったな。

 家紋の質問をして、どこの家かとか分かるのか?


平四つ目結ひらよつめゆいでござる。かつては大勢力を築いておったのだが、防衛の最中、大殿が亡くなり……」

「なるほど。ありがとう。長十郎さん」


 合点がいったように可愛らしく頷いている陽毬。

 もちろん俺には全く意味が分からない。ははは。


「もしかして今ので分かったの?」

「ええ。長十郎さんは尼子家に連なる人だったみたいね」

「そ、そうなのか。それって素直に殿様の名前を聞けばいいだけじゃあ……」

「……ま、まあいいじゃない。分かったんだから」


 そう言って目が泳ぐ陽毬なのであった。

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