第14話 黙秘します
図書館の中央の席に陣取って、片っ端から本を取り出し机の上に乗せて行く。
これはどうかなあ……ま、いいか。これも追加っと。
数冊持って席に戻ると、陽毬が落としそうなほど本を積み上げて慎重に歩いている姿が目に留まる。
あ、あれは落とすだろ!
往復すりゃいいだけなのに。
「全く……」
自分お持ってきた本を席に置き、彼女を手助けしようと彼女の元へ向かう。
「あ」
しかし、間に合わなかった。
彼女の手から一冊の本がバランスを崩して落ちたかと思うと、雪崩のように残りの本も。
それでも彼女は何とか本が落下するのを押しとどめようと前のめりに。
いやそれじゃあ、落ちるだろ。
「っと」
一冊の本をキャッチしたまではよかった。
「きゃ」
前から押され、そのまま後ろ向きに尻餅をついてしまう。
その上から彼女が覆いかぶさるように。
ほ、本が間にあるから胸には触れていないが……。
「ご、ごめん」
陽毬が伏せた体を起こし、ペタンと座った姿勢になる。
「う、上に……」
「怪我はない?」
「お、おう。陽毬は大丈夫か?」
「ええ。私は平気よ。本も私とあなたの体がクッションになったし」
陽毬はスカートの上に落ちた本を拾い上げて俺に見せる。
その、スカートの下は俺の腰辺りが……。
目線に気が付いたのか、陽毬は本を抱え立ち上がろうとして……あ、無理だよな。やっぱ。
振り子のように勢いをつければ立てるけど、本もあるし俺の体を押さないようにとなると、手をついて立たないと立てないだろ。
「本を預かる」
「ありがと」
右手を床について立ち上がった陽毬は、今度は俺が預かった本のうち半分ほどを受け取る。
「集めるのはこれくらいにして、調べようか」
「そうね」
むっさ動揺した俺に比べて陽毬は涼しい顔をしていた。
何だか俺だけが恥ずかしがってドキッして、ちょっと悔しい。
彼女は無表情のまま席に座るなり、本を開く。
だけど、それ反対側向いてるぞ。
なるほど、顔には出さないけど、あはは。
「何?」
「いや、何でも」
「……まさか自分が漫画のドジっ子みたいなことをするなんて……不覚だわ」
「生きていりゃそんなこともあるさ」
「あなたに諭されるなんて、はああ」
そっちか。そっちで動揺していたのかよ。
いいやもう。
頑張って、資料を漁るぞ。
◇◇◇
和洋問わず、いろんな祭事があるもんだなあ。
伝統的なお祭りの多くは神様か先祖の霊と関わりがあることが多いことが分かった。
これ以外となると、豊穣を願うってのが割にあったけど、これも神様への祈りだものな。
対象が神様のものは全て排除して……先祖の霊も対象が個人に絞られていないものは今回の目的と関係がない。
「そっちはどう?」
一息ついたのか、陽毬が顔をあげ問いかけてくる。
「うーん。霊を呼び出す系のお話になると途端に胡散臭くなるんだよなあ。かといって祭事は対象が『地域』であって『個人』じゃあない」
「そうね。お彼岸とかに先祖の霊が還ってくるとかはあるけど、霊を呼び出すとなると『降霊術』『イタコ』などあるわね」
降霊術ねえ。いくつか文献を漁ったけど99パーセントが「こらあかん」といったものだった。なら、残り1パーセントを利用できないかと思うだろう。
だけど、1パーセントってのは俺の願望だ。
何十冊と漁ったけど、未だにその1パーセントは発見できていない。
これに比べれば、まだ「イタコ」の方が対象が絞られていて、試すにはいいのかもしれん……。
イタコ、または口寄せの本は、本人または呼び出したい人を通じて、その人の「知り合いの霊」を呼ぶ方法が記載されている。
特筆すべきは、「自分の体に霊を降ろす」ってところだな。媒体が魔法陣やら祭壇じゃあないから、自由に動くことができる。
「んー。俺が見たものだと、お盆の時に『霊の道』を作って、そこに霊を導くってのかなあ」
「それができるなら、長十郎さんと牡丹さんが『歩いて』、お互い出会うことができるわね」
「口寄せにしても道を作るにしても、問題がある」
「そうね……」
「数が多すぎる」
「種類が多すぎるのよ」
陽毬と俺の声が重なって、ため息まで同じタイミングで出てしまった。
はああっと机に突っ伏し、俺の体と手に押された本が動く。
動いた本が押し返されてきた!
彼女も俺と同じように机にべたーっとしてしまったからだ。
大人げなく本を押し合いしてしまうが、すぐにその動きはとまる。
「やるしかないわね。少しでも可能性があるなら、試してみましょう」
「だな。幸い、時間はたっぷりある」
長十郎と牡丹は霊になってから、長い時を過ごしているのだから。
今更、すぐに消えてしまうこともないだろう。
だけど、できることなら桜が咲いているうちに合わせてあげたい。
来年の春……でもいいんだけど、俺はともかく陽毬が進学でここからいなくなるかもしれないものな……。
となれば、あと二週間、できれば桜が満開になる一週間後までには解決の糸口を掴みたいものだ。
「相談なんだけど、来週末くらいまでは根詰めてやらない?」
「俺も同じことを考えていたよ」
すっと陽毬が右手を上にあげた。
対する俺は、彼女の右手をパンと叩く。
パシーンといい音が響き、図書館の他のお客さんたちの目線が俺たちに。
す、すいません。ここでハイタッチはまずかったよな。
内心で謝罪しつつも、陽毬と目を合わせ頷き合う。
「やってやろうじゃないの」
「だな!」
パンと頬を叩き、気合を入れ直す。
さてと、全部メモして必要な道具を集めないとな。
夕方まで調査とメモ取りをした俺たちは、100円ショップに向かい使えそうなアイテムを購入する。
足らないものも、ホームセンターに行けば集まりそうだ。
――その日の夜。
家に帰り着く頃には、明日のことで頭がいっぱいになっていて、さ。今朝起きたことをすっかり忘れていた。
家族が何やら盛り上がっているじゃあないか。いや、父さんはまだ帰宅していないから、母さんと妹の二人だな。
リビングに顔を出すなり、母さんがちょいちょいと手招きしてくる。
うわあ。ゲスイ顔をしているなあ。ここは自室へ退避した方がよさそうだ。
「見たわよお。陽翔。可愛い子じゃないのお」
後ろから母さんの声。
うわああ。そうだった。そうだったよ!
朝に陽毬と妹の真奈が顔を合わせていたんだ。母さんはその場にいあわせなかったはずだが。
「真奈。(陽毬の)写真を撮ったな!」
「陽毬さん、別に嫌がらなかったよ」
真奈はソファーに寝そべってスマートフォンから目を離さぬまま、しれっとのたまう。
「陽毬めええ」
そこは断るか俺に伝えろよおお。
恨みがましく声を出すと、すぐさま真奈から鋭い切り返しがくる。
「あああ。下の名前で呼んでいるんだあ。やーらしー」
「ちょ! 真奈が向井さんを陽毬って呼んだからつられただけだろ」
「へええ。その割には慣れていたねえ。きしし」
きいいいいいい。
この策士めええ。
「陽翔。陽毬ちゃんは年下? どこでナンパしたのお?」
「黙秘します」
寄って来る母さんをシッシと追い払い。
リビングから出ようとしたところで、立ち止まり、
「同じ歳だよ」
とだけ母さんに向け、言葉を返した。
陽毬が気にするからな。そこだけはちゃんと伝えておかないと。
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