第13話 調べもの
「可愛い妹さんじゃないの。真奈ちゃんだったかしら」
「可愛いか……あれが……」
「モテそうよ。あなたの妹」
「そ、そうかなあ」
外に出てから、なんか陽毬がつんけんしている気がする。
「陽毬。何か気に障ることがあった?」
「別に。何もないわ。図書館は9時からよ。ゆっくり歩いて行っても大丈夫よ」
少し、機嫌が戻った気がする。
あ、そういうことか。
「ごめん。妹の前だったから、名前で呼ぶと後からこう……な」
「そう言う事ね。少し……心配しちゃったんだから。突然押しかけて来て、あなたが気を悪くしちゃったんじゃないかって」
「そんなことない。来てくれて嬉しかったよ。時間も言ってなかったし、図書館の場所も分からないしさ」
「そ、そう。それならいいのよ」
手を差し出してくる陽毬。
家の近くってことで少し戸惑うが、彼女の手をしっかりと握る。
うっすらと彼女の口元があがり――あれ、唇の色がいつもと違う気が。
ピンク色がかっていて太陽の光の動きと共にキラキラと光っているような……ラメかな。
それだけじゃあない。頬もピンクがかっていて、年齢より幼く見える彼女の顔がより可愛らしく魅力的に見え――。
「何? 何か顔についてる?」
しまった。しげしげと見つめ過ぎたか。
「あ、いや。な、何でもない」
「その顔、何か隠しているでしょ!」
「近い、近いって」
覗き込む俺に対し、彼女は背伸びして自分の頭をあげてくる。
彼女の息が俺の顔に当たるほどだ。
慌てて顔を逸らしたけど、自分でもわかるくらいに頬が熱い。
彼女は彼女でポーチのがま口を開けようとしているが、片手だとうまくいかない様子。
「だ、大丈夫だって。何もついてないし、汚れてもいないから」
「そ、そう?」
その顔、まだ疑っているなあ。
し、しかし、さっきからぷるんと瑞々しい唇に目が行って仕方ない。さっき、当たりそうに。
「口に何かあるのね」
「いや、その、口紅? ルージュ? が」
「リップよ。陽翔もつける?」
「待て。さすがに俺は」
俺から手を離した彼女はバックからピンクのラメ入りが見える透明なチューブを取り出す。
あれがリップか。そういや、妹がそんなのを机の上に置きっぱなしにしていた気がする。
ほう、指先に出して、そのまま唇にひんやりとした小さな指先が。
「だああ」
「こら、喋らない。カサカサになっているわよ。リップくらいしたらどう?」
「こ、このリップはいろいろやばくないか。俺が塗るのは」
嫌がる俺に対し、あははと腹を抱えて笑う。
堪え切れないのか口元を指先で塞いでいるけど、笑いが止まらないみたいだった。
あ、あの指先、さっき俺の唇に。
ぶんぶんと首を振って、熱くなった自分の熱を逃がす。
「さあ、私だって使うのが初めてだし、まあいいんじゃない?」
「ん? そうなの?」
普段から使っているんじゃないのか? それとも前使っていたのが無くなって新しい色を選んだとか。
首を捻っていたら、陽毬がポンと手を打つ。
「あ、そういうことね。やっと分かったわ」
「え? 何が?」
「あなたが、そ、その。私の顔を嫌らしく見ていた理由よ」
「い、嫌らしく見てなんてないわ!」
「あはは」
お、俺の肩を掴んでまで笑い転げなくても。
彼女はさっきからずっと笑っているなあ。でも、笑っている顔の方が可愛いから良し。
子供っぽく見えるからって、最初は控えていたのかな?
あ、あああああ。
そういうことか。
「陽毬は陽毬だよ。ピンクのリップを塗ろうが、塗るまいがね」
「何よお。それ。ちょっとだけ頑張ったんだから」
「た、確かに。今日は少しドキッとした」
「ほんと? 色っぽい?」
「いや、それはちょっと……」
「そ、そう……」
「あ、ああいや、どっちでも可愛いから大丈夫だって」
「またそうやって!」
ツーンと横を向いてしまった彼女だったが、手だけは俺から離さない。
「い、行こう。立ち止まっていたら遅くなる」
ようやく再び歩き始める俺たちであった。
◇◇◇
街の図書館はそれなりの規模があって、少し驚く。
図書館は三階建ての四角い建物で、駐輪場も広い。100台は余裕で駐輪できるんじゃないだろうか。
駐車場もあるけど、こちらは15台ほどしか停めるスペースがなくて、「徒歩か自転車で来てください」と暗に言っているかのようだった。
「ま、まだ手を繋いでいる必要があるだろうか……」
「私と手を繋ぐのは……嫌?」
上目遣いで眉尻を下げられたら何も言えなくなっちゃうじゃないか。
で、でもさ。
ここ図書館の入り口。人通りは無いけど、いいのか?
「お、俺は構わないというか、むしろ、こう」
「あはは。私のことを心配してくれた?」
「え、まあ、うん」
俺たちも高校三年になるわけだし、図書館でお勉強をしている同級生がいてもおかしくない。
小暮高校の最寄り駅はその名の通り小暮駅だからな。つまり、俺の家の最寄り駅でもある。
だからこう、ここで陽毬のお友達にばったんこしても不思議じゃあない。
「別に私は気にしないから、それに」
手を離し、その場でくるりと一回転してグイっと顔を寄せてくる陽毬。
彼女はいつの間にかしっかりと俺の手を再び握っている。
「それに……」
「見つかっちゃっても、『彼氏』ですって言えばいいんじゃない」
可愛らしく舌を出す陽毬だったが、こいつはああ。完全に俺をからかってやがる。
「……ちょ、ま」
分かっているのに、言葉が詰まり真っ赤になってしまう情けない俺だったが……。
「赤くなっちゃって。あれ? まんざらでもなかったりする?」
「ち、違うわ!」
息が首に……。
「街を歩くときは、手を繋いでいたいな。あなたもそうじゃない?」
「ま、まあ。うん」
「でしょでしょ。霊の声が聞こえて、見える。慣れ親しんだ街だけど、とっても新鮮」
「お、俺はまあ、引っ越してきたばかりだから、全部新鮮だけどな」
「確かにそうね。私だけ浮かれちゃってた?」
「いや、俺も結構浮かれているよ」
「そう」
そっけない言葉とは裏腹に陽毬がにへえっと表情を崩す。
屈託のない彼女の笑みが俺にはとても眩しく映る。
俺はワザと、彼女にミスリードを誘った。
嘘はついていないんだけど彼女と事情はことなるんだ。俺は確かに彼女と手を繋ぎたいし、浮かれている。
だけどそれは、霊に関することじゃあなくて君だからだよ。
なあんて、口が裂けても言えるものか。
陽毬と会ってから、「声」への嫌悪感が薄れてきたと思う。
長十郎と牡丹の二人については、むしろ親しみを持っていることも事実だ。
っと。
手を引っ張るなって。
「ぼーっとしていないで、行くわよ」
「へいへい」
入口の自動扉が開く音と同時に、犬か狼の遠吠えも耳に届く。
後者が霊であることは確実だ。
「ねね。聞こえた?」って感じで陽毬が嬉しそうに俺に目線を送ってくる。
やれやれと苦笑し、頷きを返す俺であった。
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