第12話 家には……

 長十郎の元へ行ったものの、時間が遅かったこともあってあまり会話できずに帰路につく。


「じゃあ、また明日ね」


 T字路を左手に行くと俺の家がある方向。陽毬は右手だ。

 そんなわけで、このT字路で彼女と昨日もバイバイをしたってわけ。


「おう。またな」

「うん」


 素っ気ない言葉だったけど、それとは裏腹に彼女は顔にくっつくくらい近くに手を寄せ小さく左右に振っていた。

 俺も彼女に向け雑に手をひらひらとし、左側の道へと体の向きを変える。

 

「絶対、見つけようね」


 後ろから彼女の決意に満ちた声が聞こえた。

 

「うん。せめて最期だけでも二人には幸せな気分になってもらいたいものな」


 立ち止まり、彼女へ言葉を返す。


「よっし! 図書館でね」

「おう!」


 振り向かぬまま、気合が入ったところで本日は解散となった。

 

 ◇◇◇

 

 カレーライスはおいしいなあ。うん、外れがないというか、しばらくカレーライスでもいいくらいだ。

 今日は豪勢にカツまで乗っているし。

 うめえ。うめえ……。

 珍しく食卓に集まった家族とは目も合わせず、一心不乱にカレーライスの乗った皿に集中する。

 

 ダイニングテーブルってさ、なんとなくだけど自分の座る位置が決まってない?

 我が家はだいたい座る席が決まっているんだよね。

 キッチンとT字になるようにダイニングテーブルが置かれているんだけど、キッチン側に父さんと母さんが向い合せに座っていて、俺が父さんの隣で妹が母さんの隣だ。

 え? 何でいきなりダイニングテーブルの説明なんて始めちゃったのって?

 別にいいだろ、そんなもの。

 

「へえ。お兄ちゃんにもついに」


 妹の真奈まながスマートフォン片手に嬉しそうに口元に手をやる。

 目元と口元のニヤニヤ具合が隠せていないぞ。

 そんなことより、カレーライスを食べるといい。冷めちゃうぞ。


「そうなのよお。この子ったら、帰って来るなりニヤニヤしちゃってねえ」

「ほおほお。そうかそうか。陽翔。いつでもいいぞ。家に連れてきても」


 母さん、父さん。俺のことは放っておいてくれ。


「ねえねえ。写真見せてよ!」


 真奈がほらほらーと手を前に出してくる。


「無いって。だいたい、何でそういう話になってんだよ」

 

 吹き出しそうになったじゃないかよ。

 どこでどうなったら、か、彼女とか言う話になるんだ?

 俺が珍しく昨日に引き続き嬉しそうな顔して帰ってきたとか、母さんが言い始めて。


「えー、だってえ。お母さんがさあ」

「私の直観が語っているわ。陽翔に女の子の友達ができたって」

「昨日から出かけていたのは事実だけど……、飛躍し過ぎていないか……」


 ダ、ダメだ。この家族。

 スプーンを動かす速度をあげ、もしゃもしゃと咀嚼する。

 ぐう。喉に詰まった。

 

「はい。水」

「さ、さんきゅ」


 真奈が水の入ったコップを手渡してくれる。

 その時、ポケットに入れたスマートフォンがブルブルと震えた。

 

「お。おお。お兄ちゃんのスマホが動いた!」


 心底驚いたように手を叩かないでくれるかなあ。

 本当に失礼な奴だ。俺のスマートフォンだってちゃんと通知くらいくるんだからな。


「お、俺のスマホだってちゃんと動くわ」


 抗議の声をあげると、すかさず妹が切り返してくる。


「あ、彼女さんからかなあ」

「ちゃ、ちゃうわ。ほらあるだろ、ゲームの通知やらが」


 自分で言っていて悲しい事実を伝えてしまった。

 そうだよ。碌にラインのお友達登録なんて無いし、メールが届くことだってないさ。

 いや、メールもあれだなショッピングサイトから来たり……。


「そっか。そうだよね。だけどさあ。こんな中途半端な時間にアプリの通知が来るのかなあ」


 ちょ、俺のポケットへ手を伸ばしてくるんじゃない。

 伸ばした妹の手を払いのけ、シッシと手を振る。

 

 ◇◇◇

 

 食べたら、即二階の自室へ引きこもった。

 全くもう……。

 ぶすーっと苦笑してしまうが、ベッドに寝転がったところで昔のことを思い出し「まあ。いいか」と気分が変わる。

 小さい頃は俺が「聞こえる」ことで家族に随分と心配させてしまったものな。

 こうして、冗談が言い合えて団らんできるようになったのも、父さん、母さん、真奈が俺のためにいろいろやってくれたおかげだ。

 さっきのは冗談だよな? そうだよな?

 

 ……。思考が横にそれてしまったけど、そうはいっても弄られるのは余り好きじゃあないんだ。

 た、確かに陽毬は可愛いけど、要らぬ詮索はよしてもらいたい。

 と言いつつもニヤつきを抑えられずスマートフォンの画面を覗き込む俺。

 

 通知は予想通り陽毬からだった。

 むしろ、陽毬以外からラインの通知が来ることは家族以外無い。

 か、悲しくなんて無いんだからね。

 

『今日もいろいろありがとう。明日もよろしくね』

 

 陽毬からのメッセージに


『こちらこそ、ありがとう』


 と返信する。

 

 お互いに素っ気ないけど、俺たちらしい。

 ん、陽毬から返信が来た。

 

『陽翔の家はどの辺なの?』

『別れた道をそのまま五分ほど真っ直ぐいったところだよ』

『へえ。すぐだったのね』

『そうそう。陽毬は?』

『私もそう遠くないわ。別れた時点から徒歩で十分以内ってところよ』

『そっか。結構、家近いんだな』

『そうね。同じ街だし、そんなものよ』

『そんなものか』

『うん。でも、近くで嬉しいわ』


 そ、それって。

 一人悶える。俺であったが、続く陽毬のメッセージでベッドから落ちそうになった。


『長十郎さんに会うのにすぐ呼び出せるしね』

『そうだな』


 ですよねえ。

 近ければ気軽に長十郎にも牡丹にも会いに行ける。

 ははは。


「陽翔。次、お風呂入りなさい」


 階下から母さんが俺を呼ぶ声が聞こえてくる。

 

「へーい。すぐ行く」


 ◇◇◇

 

 ――ピンポーン。

 こんな朝早くから宅配かなあ。

 歯磨きをしていた俺の耳に呼び鈴の音が届く。

 時刻は朝の八時半過ぎってところ。宅配にしては少し早いかも。

 

「はあい」

 

 ちょうど出かけようとしていた妹が玄関の扉を開く。


「おはようございます。突然すいません」

「いえー。わざわざありがとうございます。ご挨拶もできず」


 来客か。若い女の子の声みたいだけど、どっかで聞いたことがある気が……。

 ご挨拶周りをした近所の人が、わざわざお礼でも言いに来てくれたのかな。

 妹と近い年齢だったら、ご近所さん友達ができるのかもしれない。

 

「お兄ちゃん。お客さんだよお」

「え? 俺に?」


 洗面所までわざわざ来てから俺に告げる妹の顔が、何やら不穏だ。

 ま、まさか。

 やっぱりあの声って。

 

 慌てて口をゆすいで玄関口に行くと……立っていたのは陽毬だった。


「おはよう。陽翔。来ちゃった」


 てへっと可愛らしく舌を出す陽毬は昨日となんだか雰囲気が少し違う。


「ま、待ち合わせなら……あ、昨日のうちにどこに何時か決めてなかったな」

「そうなのよ。それで、朝にラインしても陽翔は見てないでしょ」

「俺だって見る……いや、ごめん。来てくれて助かった」


 昨日の陽毬の「おはよう。ちゃんと来れたじゃない。ラインが来なかったから寝てるかもって思ったわよ」って言葉を思い出して、まあ納得な判断だと理解した。

 ちゃんと昨日のうちに場所と時間を決めておきゃあよかったよお。

 後ろの妹の視線を感じるし……。

 

「そちらは妹さんかしら?」

「うん、妹の真奈だよ」

「真奈です。陽翔の妹やってます」


 なんだよその説明。


「はじめまして。私は向井陽毬むかい ひまり。よろしくね」

「はい。こちらこそ。陽毬さんは兄と」

「い、行こう。向井さん」


 余計なことを喋りそうになった妹の言葉を遮り、陽毬を外へ行くよう促した。

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