第7話 葛城へ

「葛城城がどこにあるか、よね」

「そうだなあ」


 スマートフォンで検索をかけてみると、該当する城は二つあるようだ。

 一つは電車で四つ先とそれほど遠くない。もう一つは気軽に行ける距離じゃあなかった。

 もう一つのキーワードである篠沢屋呉服店は、残念ながら既に存在しないようだな。

 少なくとも江戸より昔から続いている篠沢屋呉服店って名称の店は見つからない。

 

「見つかった?」

「うん。まあ、一応な」


 猫のような瞳を輝かせ、スマートフォンを覗き込んでくる陽毬。

 彼女の動きにあわせて、ふんわりとした髪からいい香りが。

 自分のものがあるだろうに、わざわざ身を乗り出してこなくても。


「あ、ごめんごめん」

「いや」


 彼女の頭とごっつんこしそうになり、慌てて頭を引く。


「まるで見当がつかないけど、近い方の葛城城に行ってみる?」

「見当はつくと思っているわ」


 え?

 名称しか分かってないんだぞ。そもそも、牡丹がその地で亡くなったかどうかさえ、確実じゃあないし。

 お墓に牡丹って書いているわけでもないよな。

 そもそもお墓があるのかも不明だし。

 

「どうやって?」

「人に聞けばいいじゃない」

「人って言ってもだな。あ、そういうことか」


 ポンと膝を打つ。

 俺たちは長十郎に出会った。

 てことは、葛城城近辺にもきっと同じように長十郎みたいな幽霊がいるはずなんだ。

 過去の人に聞けば、当時の状況が分かるってわけか。

 

「へっへーん。さすが、私」

「おう。思いつかなかったよ。どれだけ幽霊がいるのか分からないけど、さ」

「行ってみてのお楽しみよ!」

「だな」


 俺は今まで動物の唸り声やら鳴き声しか聞こえてこなかったけど、彼女はどうなんだろうか。

 人の姿が「見えた」りしたのかなあ。

 もし俺と同じで「見えた」のが初めてだったとしても、長十郎という先例がいた。だからきっと、「いる」に違いないと彼女は考えたのかもしれない。

 よく思いついたよなあ。

 最初に出会った時の機転といい、彼女の頭のキレは俺より全然良いと思う。

 俺がぼんやりしているだけだって? それは否定しない。

 自分で言っててへこむからこれ以上考えるのは止めておくことにする……はああ……。

 

「じゃあ、明日ね」

「駅前でよいかな」

「うん。またラインするから」

「分かった」


 方針が決まりスッキリしたところで、店を出る。

 店の前で陽毬と別れ、帰路につくのだった。

 辺りはすっかり暗くなり、そろそろ通勤ラッシュのサラリーマンたちが姿を現す頃合いかな。

 

 ◇◇◇

 

 自室に戻り、ベッドに寝っ転がった。

 ちょうどその時、スマートフォンがぶぶぶっと震え着信があったことを主張する。

『明日は8時だからね。ちゃんと起きろよー』

『分かってるって』

 陽毬からメッセージが着ていたのですぐに返信しておいた。

 

 ホーホー……。

 外からフクロウの鳴き声らしき音が聞こえてくる。

 窓を開けて姿を確かめてみようと思ったが、起き上がるのをやめた。

 こんな近くでフクロウなんているはずもない。

 

 自室にいても聞こえてくるんだよな……ほんと嫌になる。

 でも、以前ほど嫌悪感は無くなっているかもしれない。

 このフクロウは長十郎の生きた時代に生きたフクロウなのだろうか? それとももっと後の時代の?

 この辺が山の中だった時代に紡がれたものなのかなあ。

 

 なんて考えていると、気持ちが楽になってくる。

 俺は長十郎と出会ったことで、「聞こえる」ことも悪くないんじゃないかって思い始めることができているんだ。

 もし俺が聞こえなかったら、陽毬と親しくなることもなかっただろうし。

 こんな気持ちになれるなんて、引っ越ししてくる前は思いもしなかった。

 彼女と長十郎に感謝しなきゃ。

 そのためにも、俺は長十郎の想いに応えたいと願う。

 既に牡丹は亡くなっていることだろう。だけど、せめて彼女の墓前に長十郎のことを伝えたい。

 もう牡丹には伝わらないだろうけど、そうすることで長十郎の鎮魂になれば……と。

 

「ああああ。しんみりしてきたらダメだろ! 明日は歩くんだ。頑張るぞー」


 ワザと声に出して、寝ころんだまま拳を握りしめる。

 よし、ソシャゲでもやってから寝るか。

 今日こそSSRを引いてやるんだ。ふふふ。

 

 ◇◇◇

 

 ――翌朝。

 小暮駅南口に行くと、まだ15分前だというのにふわふわとしたウェーブがかかった髪の女の子――陽毬の姿が見える。

 今日の服装も可愛いな。

 彼女は喋るとしっかりした感じなんだけど、見た目はそうではない。

 服装こそ、春物の薄いベージュのジャケットに膝上のタイトスカート、茶色のブーツといった感じでキリッとしているが、顔かたちがほんわかして可愛らしい系統なんだよ。

 猫のようなクリクリしたヘーゼルカラーの瞳、ゆるふわウェーブの茶色がかった髪の毛。

 小柄な体は、俺の胸辺りまでしかない。

 俺は特に身長が高いわけじゃあないんだけどね。

 

「おはよう」

「おはよう。ちゃんと来れたじゃない。ラインが来なかったから寝てるかもって思ったわよ」

「ごめんごめん。見てなかった」

「あなたらしいわ」

「それって、抜けてるってこと?」

「ご想像に任せるわ」

「ははは……」


 頭の後ろに手をやり、スマートフォンに目をやると確かに陽毬からの着信があった。

 時間を確認したら、ちゃんと待ち合わせに間に合う時間にメッセージをくれていて、彼女に心の中で「すまん」と謝罪する。

 

「じゃあ、行くわよ」

「おう!」


 陽毬と横に並び改札へ向かう。

 

葛川かつらがわー。葛川ー』


 車内放送が流れ、ここが降りる駅だと示してくれた。


「お、案外近いな」

「4駅だもの。すぐよ」


 地図情報によると、葛川駅から歩いて20分くらいのところに葛城城がある。

 

 ワクワクしながら駅を降りたところで問題発生だ。

 

「え、えっと」

「手を繋がないと『聞こえない』じゃない」

「そ、そうだけど、手を繋ぎながら歩かなくても」


 かああっと頬が熱くなる。

 お堂の裏と違って、ここは人通りもあるし。

 

「私と手を繋ぐの、嫌?」


 上目遣いで瞳を震わせる陽毬。

 不安気に俺の手をギュッと握りしめながら。

 

「そ、そんなことないさ。俺なんかとこんな可愛い子が手を……ゴホン!」

「ちょ、ちょっと。からかうつもりで言ったのに、あなたに不意打ちを食らわされるなんて」

「そ、そんなつもりじゃあ……」

「ま、まあいいわ。行きましょう」

「う、うん」


 彼女の手から感じる体温が妙に暖かくて、それが恥ずかしくて……なんてのは最初だけだった。

 「見える」ってのはこれほど世界が変わるものなのか。

 俺は「見える」世界に圧倒され、彼女と繋いだ手の気恥ずかしさなどすっかり忘れてしまっていた。

 

「すごいわ。『聞こえる』ってこんなに素敵なことだったのね」


 彼女は彼女で感嘆の声を漏らす。

 当たり前だが、「見える」方が「聞こえる」より遥かに情報量が多い。

 声を発しない動物の方が、声を発する動物より当たり前だが数が多いのだから。

 こんなところにも、霊がいたのかと驚く。

 でも俺は「見える」より「聞こえる」でよかったとも感じた。

 ここまで情報量が多ければ、今よりもっと苦労していただろうから。

 

 だけど、俺の思いとは裏腹に彼女は本当に楽しそうで、子供のようにはしゃぐんだ。

 彼女が「見える」「聞こえる」ことをとても前向きに捉えていることがありありと分かる。

 それが俺にはとても眩しくて……。

 

「あの人に聞いてみる?」


 彼女が指さす先には、一人の老人が佇んでいた。

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