第2話 美少女と侍

「どうしたの?」


 そんな俺にグイグイと質問を投げかけて来る陽毬。


「あ、いや、えっと。このまま立ち話もなんだなあと思ってさ」

「そうね! 浮かれて気が付かなかったわ。やるわね。陽翔」


 陽毬は、俺の手を握っていない方の手の親指をグッと突き出す。

 細く小さな指だなあ。


「すまぬ。それがし。この杉の木から離れることは叶わぬ」


 眉間に皺をよせた長十郎が、かぶりを振る。彼の動きに合わせるかのように隼丸もひひんと小さく鳴いた。


「それって……」


 理由を確かめようと口を開いたものの、さすがにこの先をはっきり告げるのは憚られ口をつぐんでしまう。

 これには陽毬も同じようで、快活に長十郎へ話かけていた彼女もじっと押し黙ったままだ。

 

「なあに。簡単なことでござる。この下に某が埋まっているからでござるよ」

「長十郎さんは遥か昔にここで亡くなったお侍さん、なんですね?」


 「やっぱりなあ……」と心の中で呟き、絶句する俺とは対照的に陽毬は遠慮がちにではあるが長十郎へ問いかけた。


「いかにも。それ故、杉の木から一歩までしか動くことができぬのだ」

 

 カラカラと笑う長十郎。

 長い時の果てに達観したのか、彼から悲壮さは見て取れない。

 

「なあに。死者が迷うておるだけだ。心配めさるな。呪うたりはせぬ。それがし、亡霊となりても生前の正気を保っておる」

「は、初めてお会いしたところで、信じてもらえるか分かりませんが、浅井さんからは邪気を感じません」


 長十郎にとって何気ない一言であったが、俺はつい彼へ縋るように言ってしまった。

 生まれてこの方ずっと、「声」を聴いているんだ。動物のものばかりだったけど……。

 だから、俺は彼に悪意があるかどうか何となく分かる。

 何故かは分からないけど、俺が聞こえる「声」に怖気を感じるようなものは殆どなかった。

 もし、怖気を感じれば、俺の肌に――。

 

「言うじゃない。私も陽翔と同じ意見です。私はずっと『見て』来たんですよ。だから」

「カカカカ。愉快なお人らだ。いつそれがしが牙を向くか分からんというのに」


 長十郎は腰の脇差へ手をかける。

 一方でちょいちょいと陽毬に握った手を引かれた俺は、彼女と顔を見合わす。

 うん。そうだよな。

 お互いににやっと微笑み合い、長十郎へ目を向ける。

 

「こいつは一本取られた」


 長十郎は脇差に当てた手を額へ持っていき、楽し気に笑う。

 だって、声色から俺たちを斬ろうなんてことを全く感じ取れなかったんだもの。それどころか、愉快そうに嬉しそうな声色が伝わってきた。


「だって、ねー」

「うん」

「霊は私達の体を素通りするんだもの。脇差を抜いても何も変わらないわ」

「そうなのか?」

「え? 分かってたんじゃないの?」

「いや、俺は今初めて『見た』んだぞ」

「そ、そっか。そうよね。じゃあ、どうして?」

「声だよ。俺はずっと『聞こえて』いるんだからさ」

「確かに!」


 分かったから、握った手をブンブンと振るんじゃあない。

 これ、きっと手を握っていなかったら背中をバシバシ叩かれているような気がする。

 陽毬とはさっき会ったばかりだけど、この子は俺と正反対なのかなあと何となく思った。

 物おじせず言いたいことをハッキリ言う。だけど、人への気遣いも忘れない。こう、クラスの中心的な存在のような?

 何だか、少し陽毬が遠くなったような気がした。しっかりと手を繋いでいるんだけどさ。

 

「どうしたの? あ、ラインの登録は後でね! 先に長十郎さんのことを聞きたいから」

「お、おう」


 ちょっと違うかも。彼女はクラスメイトの顔と名前を全て覚える感じの人なのかもしれない。

 俺みたいな「居眠り組」まで巻き込んで、クラスみんなで笑って……。

 何だかいいな。そういうの。

 

「あ、ひょっとして。スマートフォンを持ってなかったりする?」

「いや、そんなことないさ」


 戸惑っていることをスマートフォンを持っていないからだと勘違いされたらしい。


「はっはーん。分かった」

「な、なんだよ」


 陽毬はにまあっと口元に手を当てる。

 とっても邪悪な笑みなんだけど。

 

「下心からID交換をするって思われたくないんでしょ。全く、男の子ってこういうところあるからなあ」

「違うわい!」

「冗談、冗談。そんなムキにならなくても。面白いわね。あなた」

「ほっとけ」

 

 憮然とする俺に彼女は不意打ちを食らわしてきた。

 

「陽翔が『聞こえる』からID登録しようと思ったのは否定しないわ。だけど、それだけじゃあ、登録しないわよ。あなたも同じことを考えているのかなと思ったんだけど」

「それって」

「ずっと『見てきた』のよ。あなたに悪意が無いってのも何となくだけど分かるわ。ちょっとぼんやりし過ぎで事故に遭わないか心配だけど」

「俺は、動物の声しかこれまで聞いてこなかった。だけど……」


 そこで一旦言葉を切り、すーはーと深呼吸を行う。

 落ち着けえ。俺。


「向井さんが俺とID登録をしていいって思うのなら、俺はずっと『見てきた』君が悪い人じゃないって思ったんだ」

「な……」


 かああっと頬を赤らめる陽毬。


「不意打ちのお返しだ」

「全くもう。人をそんなにすぐに信用したら、いつか大怪我するわよ」

「なんて忠告をしてくるんだから、向井さんは大丈夫だ」

「……っつ。本当にもう!」

 

 握った手を離したかと思うと、彼女はくるりと手首を返しちょいちょいと手招きする。

 もう既に近いんだが、これ以上どうしろと?


「スマホよ。スマホ。さっさと出しなさい」

「あ、そういうことね」

「先にちゃっちゃとやっちゃいましょ。こうして話をしている間に登録できちゃうし」

「そうだな。もっともだ」


 ポンと手を叩き、ズボンのポケットに手を伸ばす。


「不可思議な絡繰りよの。提灯のように光っておる」


 なんて長十郎が呟いているうちに、陽毬とのラインID交換を済ませた。


「ほら。スマホを仕舞い込んだらとっとと、手を出す」

「はいはい」


 ポケットに入れた手を出したら、陽毬にグイっと腕を掴まれ流れるような仕草で手を握ってくる。

 な、慣れておるな。

 俺が自分から彼女の手を握るのは結構ハードルが高いから助かる。

 うん、彼女も俺と同じ気持ちだったらしい。

 このまま帰りたくないもんな。

 

 顔をあげ、真っ直ぐに長十郎へ目線を向ける。

  

「長十郎さんのこと聞かせてもらえますか?」


 せっかく出会ったこの侍のことを知りたい。

 もう暗くなってきてしまったけど、明日まで待っていられないじゃないか。

 明日に陽毬と会えるのかも分からないしさ。

 

「某の身の上話が聞きたいと。さして面白味のあるものではないのだがな」

「差支えなければ聞かせて欲しいです」

 

 陽毬が「是非是非」と長十郎に話を促す。


「今日はもう遅い。明日に……と行きたいところだが、その顔、余程某のことを聞きたいと見受けられる」

「はい」

「今日のところは手短に語ろう。なあに、某はずっとここにいる。焦ることはない」


 確かに長十郎の言うことももっともだ。

 彼の半生を語り聞かせてもらったりなんかしたら、深夜になっても終わらないかもしれない。

 

「今日は触りだけでもいいかな?」

「うん。じっくりと聞きたいものね」

「だな」


 陽毬と頷き合い、長十郎に目を向けた。


「某は――」


 俺たちの様子を見て取った長十郎は語り始める。

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