ぼっちな俺と世話焼き美少女が五百年の恋を叶えるまで
うみ
第1話 馬の嘶きに導かれ
都心と違って、ここは「聞こえる」。
こんなことなら、俺だけ東京に残ってもよかったかもしれない。
寒い季節が終わり、暖かではあるが強すぎる風が吹き抜け俺の髪を揺らす。
季節の変わり目ってやつは、あまり好きではない。なんだか、元あったものを失う気がして物悲しくなるからだ。
もう一つ、現実問題として、天気が荒れるのもいただけない。
なんて愚痴りながらも、車がなんとか二台通ることのできるくらいの幅がある舗装された道路を、てくてくと目的もなく歩いて行く。
古びた町工場、錆が浮いた鉄柱、電線にはハトが並び、静かな町並みが続いていた。
ところどころにビニールハウスや畑が顔を出すが、隣にある駐車場の方がスペースが広かったりしてくすりときたり。
引っ越ししてきたばかりだから、どんな街かと散歩してみたわけだが、同じ日本だしそう風景は変わらないな。
はああ。春休みもあと一週間かあ……引っ越しでバタバタしていたからあっという間だった。
歩きまわっているうちに夕焼け空になっていて、そろそろ家に帰るかと思った時――
――ヒヒーン。
カラスの鳴き声に混じって馬の嘶きが聞こえる。
――げろげろ。
今度は蛙だ。
思わず「はああ」と大きくため息をついてしまう。
左右を見渡すが、馬も蛙の姿は見えない。
蛙なら見逃している可能性もなくはないが、馬はいくら俺でもそこにいたら分かる。
――ヒヒーン。
まただ。右手の細い路地の方か?
路地は石畳になっていて、合間から草が生え放題になっていた。石自体もところどころ欠けていて年季を感じさせる。
なんだか、俺だけの場所を見つけた気になって、くすりと微笑み路地に足を踏み入れた。
路地の先は、中央に石畳。左手にお清め所、奥に小屋と錆が浮いた鐘が見える。
どうやら、ここは忘れ去られた神社ってところかな?
一人になりたいときにここを利用できるかもしれない。
となれば、散策しないとな。
歩き始めてすぐに明日にしようかなと思いなおす。
古びた神社には電灯さえ備え付けられていなかったから、暗いのなんの。
夕焼け空だった空は太陽がほぼ地平線の下に落ちつつあるしなあ。
明日また来るとしようか。
――ヒヒーン。
またか。
嘶きは小屋もといお堂の裏手からか。
ひょっとしたら、本当に馬がそこにいるのかもしれない。
誰かがコッソリとここで馬を飼育していたり……いや、ないない。
なんて一人心の中で突っ込みながら、お堂の裏手に。
「うーん。やっぱり馬はいなかったか」
嘶きは未だに聞こえるが、杉の木があるだけで馬の姿は見えなかった。
俺は「聞こえる」んだ。
霊なのか、雑音なのか分からないけど、姿が見えない動物の鳴き声が聞こえる。
幼い頃は見えている動物と見えない動物の音の区別がついてなくて、随分両親を心配させたものだ。
「もし」
「ん?」
若い男の声。
「もしや少年。
「うわあああ!」
人の声!
人の声だけが聞こえる!
ま、まさか人の声まで聞こえるなんて……。
狼狽し、後ずさる。
ドン。
そこへ誰かがぶつかってきた。
「っつ」
「きゃ」
尻餅をつき、ぶつかってきた人が俺に覆いかぶさってしまう。
こんな漫画みたいな展開で人とぶつかるなんてって。
うわあ……。
ふんわりとしたいい香りが俺の鼻孔をくすぐり、頬が熱くなってきた。
だって、俺に覆いかぶさっているのは女の子だったんだもの。
仕方ないだろう。
俺、今まで女子とこんなに密着したことなんてないんだから。
「ご、ごめん」
「こっちこそごめん」
お互いに謝罪し、女の子が立ち上がろうとした時、後ろから心配気な声が聞こえる。
「そなたら、大事ないか?」
再び若い男の声。
だけど……あれ、女の子が反応した?
彼女も「聞こえる」のか。
「あなたとは違うわよね」
「うん。俺は喋っていないよ。後ろだ」
確認するような彼女に対し、口を結び軽く頭を左右に振る。
「ま、まさか。お侍さんなの!?」
「お侍さん?」
彼女が驚きから立ち上がるのと止めてしまっていたから、頭だけ起こし……え。
「さ、侍と馬が!」
視界に映ったのは杉の木だけじゃあなく、栗毛の馬と馬の手綱を握る袴姿の若い男だった。
男は長い黒髪を後ろで縛り、腰には刀らしきものを携えている。
涼やかな顔をした端正な男だが、どこか儚さや物悲しさを感じるな。
「あ、ごめんごめん。すぐにどくから」
「あ、うん」
ちょっとだけ残念だなあと思っている間にも女の子はさっさと立ち上がってしまった。
それとともに、視界から侍と馬の姿が消える。
「消えた……」
「消えたわね……」
同じ感想を漏らし、顔を見合わせた。
うわあ。彼女、思った以上に俺好みでドキドキする。
ふわりとしたウェーブで茶色がかった黒髪に、猫のように大きくて少しつり上がった目。
右耳だけに星型のピアスをつけていて、ピンク色のルージュとチークが彼女の真っ白な肌に映えている……と思う。
つい彼女に見とれていたら、ははーんっと言った風に彼女は両手を腰に当て少しだけ前かがみになる。
「な、何だよ」
「分かったかもしれないわ」
「み、みつめてなん……う」
不意に手を掴まれ、思わず彼女を見やる。
対する彼女はしてやったりと得意気に口角をあげた。
「ん、お、おおお」
「見えたのね? さすが、私! 機転が利くじゃない」
「ど、どういうこと?」
――ヒヒーン。
俺の質問を遮るように馬の嘶きが。
「よっし! 聞こえる! バッチリ」
「ん、んっと」
「まだ分からない? あなた『聞こえる』んでしょ?」
「あ、そういうことか! あるんだな、そういうことって……」
「そう。私は『見える』の。あなたは『聞こえる』」
「手を繋いだら、『見えて聞こえる』ようになるのか」
彼女は目を輝かせ、コクリと頷きを返す。
彼女のヘーゼルがかった瞳は俺にとって非常に眩しく映る。
自信に満ちた、真っ直ぐな、その瞳は。
「私、
唐突に自己紹介を始める彼女――陽毬に苦笑しつつもドキリとしてしまう。
だって、俺の右手から伝わる彼女の体温が、ほら、こう、ね。
「俺は
「ふうん。よろしくね。陽翔」
いきなり呼び捨てかよ。
ま、まあいい。悪い気はしないけど、頬が少し赤くなる。
「よろしく。向井さん」
陽毬は握ったままの手を上下に振るった。つられて俺の腕も動く。
と、そこへ――。
「
「ご丁寧にありがとうございます。陽毬です。長十郎さん」
「日向です」
涼やかなイケメン侍こと長十郎も自己紹介を行うのだった。
お互いに名前を名乗ったが、全員初対面同士……いきなり親しげに語ることなんてできるわけがない。
当然ながら、微妙な沈黙が。
「長十郎さん、お侍さんなんですか?」
無かった。
陽毬はすぐさま興味深げに長十郎に問いかけたのだ。
何というか、尻尾があれば思いっきり振ってそうな感じで。
「武士と名乗るのもおこがましいが……嘆かわしいことにこの身は一応士分にある」
「へええ。お城とかに住んでいたんですか?」
「いや、殿の住む城へ参じていたのだよ」
「あ、あのお……」
遠慮がちに二人の会話へ割り込んだら、二人の目線が一斉に俺に集まりドギマギしてしまう。
俺は社交的な方ではない。
いや、正直に言おう。学校で友達同士で楽しく会話をするような生活なんて送ったことがないんだ。
休憩時間? そいつは睡眠時間だぜ。
というのが俺だ。
それが、初めて見る侍装束の年上男子と同じ歳くらいの可愛らしい女の子に注目されたとあっちゃあ……分かるだろ?
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