第3話 手を繋ぐのは恥ずかしい
長十郎は下級役人の出で、武士としての家格は下から数えた方がはやかったのだそうだ。
彼は隣国へ伝令の役を仰せつかい、使者として隣国へ赴く。
無事、隣国へ書面を届けた帰りに不幸にも隼丸が
「その時の怪我が元で、この通りよ」
朗らかに笑い、自らの胸を叩く長十郎。
「それからずっとここにいるんですか?」
長十郎へ尋ねると、彼は顎に手を当て頷く。
「うむ。迷い出てしまってな。稀に某の声が聞こえたり、姿が見えたりする者もおったと思うのだが……」
「ここは人通りも全くないですしね。昔からだったんですか?」
今度は陽毬が確認するように尋ねる。
「然り。このお堂は某の時代でも既に打ち捨てられておったくらいだからな」
「それじゃあ、滅多に人が通ることも無かったんじゃ」
「然り。しかし、お主らに会う事ができた。某の言葉を聞いてくれた」
淡々と語っているように見えるが、長十郎の胸のうちを想像すると胸が締め付けられる思いだった。
何十年、いや、何百年ここで彼が亡霊として過ごしてきたのか分からない。
彼は誰とも喋らず、ずっとここで一人だったのだ。
俺たちと会話できることが、どれほど彼にとって救いになったのか想像を絶する。
いや、でも……逆に彼へ辛い気持ちを抱かせることにならないだろうか?
「明日、絶対にここに来ます。もっとお話を聞かせてください」
「もちろんだとも! 某はずっと、自らの死について誰かに伝えたかった。それが今、叶ったのだ。お主らには感謝してもしきれぬよ」
陽毬の言葉に長十郎は嬉々として応じる。
よかった。
俺の杞憂で。
話をしてしまったことで、却って苦しめる結果になるんじゃないかと思ってしまった。
「それじゃあ、そろそろおいとまします」
「今日はありがとうございました」
「達者でな」
俺と陽毬がペコリと頭を下げると、長十郎は右手を上げ左右に振る。
隼丸もひひんと俺たちを見送るように嘶く。
◇◇◇
「はああ。いろいろあったなあ」
自室のベッドにゴロンと寝転がる。
ベッドと学習机、本棚の大物家具三点セットは、引っ越し屋さんが置いてくれたものだった。だけど、部屋にはまだ段ボールが満載だ。
引っ越して来て一週間が経過しているが、まだ二箱くらいしか段ボール箱を開けていない。
といっても、高校の転校手続きは済んでいるし、部屋の片づけなんて急がなくても問題ないだろ。
あの後、古びた神社から出たところで陽毬と別れ真っ直ぐ自宅に戻ってきた。
陽毬と長十郎、それと隼丸。
普段の俺からすると出会いが多すぎて、正直少し気疲れしてしまったことは事実だ。
中学以来、あれほど長い時間女子と喋ったことなんてなかったし……。
それに。
自分の右手を上げ、じーっと見つめる。
柔らかな手だったよなあ。それに彼女の体温が手を通じて。
――ブーブー。
「うお!」
図ったようにスマートフォンが揺れるもんだから、変な声が出てしまったじゃないかよ。
『明日、十時に富丸前のファーストフードで作戦会議しよう』
着信は、陽毬からだった。
『富丸前? 駅前かな?』
『うん。駅の裏手に富丸商店ってお店があるの。あれ? 知らない?』
『引っ越ししてきたばっかでさ』
『そうだったの! じゃあ、長十郎さんの話を聞いた後にでも街を案内するわ』
案内、案内か。
でもそれって、デート……いやいやいや。俺と陽毬が並んで歩いてみろ。
そんな風には見えないって。
並んで歩いている姿を想像し、ため息を吐くと共に納得した。
だけど、口元が緩むのが止まらない情けない俺である。
しょうがないじゃないか、少しくらい鼻の下を伸ばすことなんてさ。
「口は悪いが、可愛いんだもの……」
ハッ!
起き上がり、左右を見る。
ホッと胸を撫でおろすが、ダラダラと冷や汗が流れて来た。
な、何ちゅうことを呟いてしまったんだよ、俺。
いくら一人だからって、浮かれすぎだろうに。
よくよく考えてみると、そもそも俺……男子とか女子とか関係なくファーストフードでお茶しながら喋るとかなかったもんな。
「だああああ!」
無し、無し。今の無しな!
悲しくなんてなってないもん。ゴロゴロとベッドを寝転がり、気分を落ち着ける。
う、ううむ。
落ち着けても別のことが気になってくる。
陽毬、長十郎……二人のことが浮かんでは消えた。
明日また話すことができるじゃないか。特に長十郎については疑問に思うところが沢山あるけど、陽毬と会ってから……彼女と二人っきりで会う?
あ、あああ。
何かループしてる。こいつはダメだ。
もう無心にソシャゲをして、タップしまくるくらいしかないな。
しかし、ソシャゲをはじめて10分と立たないうちに寝てしまった。
◇◇◇
――翌日。
珍しく朝6時前とかに起きてしまう。ソワソワして眠れないとか、そんなこともなくやたら早く寝てしまったからなあ。
せっかく早く起きたのだから、というわけで約束の時間よりかなり早めに外へと出る。
通勤ラッシュの時間がちょうど終わった頃だったので、駅に向かう人はまばらだ。
俺の引っ越ししてきた小暮市は人口18万ほどの大きくもなく小さくもない地方都市だった。
小暮駅は南口と北口があるようで、線路は高架になっていた。俺の家から駅に向かうと南口に到着する。
南口はちょっとしたロータリーがあって路線バスの停留所が四つ。ロータリーを囲うように街路樹があって、小奇麗な印象を受ける。
道の端っこで立ち止まり、スマートフォンを取り出した。
『うん。駅の裏手に富丸商店ってお店があるの。あれ? 知らない?』
陽毬のメッセージを確認し、疑問が浮かぶ。
駅の裏手ってどっちだよ……。
駅には南口と北口がある。「裏」はどの入口なんだ?
まあ、時間もあるし駅の周りを探索してみようかな。
見つけた。駅の東側だったのか。
富丸商店って看板があるスーパーがある。富丸商店は平屋で間口が広く、表に野菜の入ったカゴが並べられている庶民的なお店だった。
この近くにファーストフードがあるんだったよな。
グルリと周囲を見渡そうとした時、
――ぐあぐあ。
アヒルの鳴き声が聞こえた。
こんなところにはアヒルはいないよな。
いないと思いつつも気になってしまい、左右を見渡す。
うん、やはりいない。
「はああ」
こういう人通りが多い場所では滅多に聞こえないんだけどなあ。
でも、ひょっとしたらアヒルがぐあぐあよちよち歩いているかもしれない……なんて興味を引かれてさ。
「陽翔」
「ん?」
後ろからの声に振り向くと、陽毬が顔の辺りで「はあい」とばかりに手をひらひらとする。
ふ、不意打ちだ。
ちょっと近いし……。
「早いじゃない」
「ついでだから散歩でもして、と思ってさ」
「なあんだ。それならそうと言ってよね。案内するって言ったじゃない」
「あはは」
右手を頭の後ろにやり、曖昧な笑みを返す。
「少し早いけど、いいかな?」
「うん」
「じゃ、行きましょ。こっちよ」
「お、おう」
言うや否や歩き始めた陽毬の後を慌てて追いかける。
余談だが、ファーストフード店は富丸商店の右隣りにあった。
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