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「お嬢!誕生日おめでとうございます!」

「あぁ、ありがとう。」


よく晴れた日曜日

相変わらず、賑やかな舎弟達は宴だ、祝いだ、といつも以上に煩い

日課のジョギングを終えて戻るなり、これだ

居間に飾られた垂れ幕とコワモテの男達がカラフルなとんがり帽子被ってにこにこしてる

この光景に慣れた私も私なのだろうか

毎年毎年、よくも飽きないものだ、と思いながら席につく


山木 桜 十一代目、組長 山木 正十郎の娘である私にとってこの光景は日常の1ページにすぎない

大勢で囲む食卓も、行儀が悪いと飛び交う張り手も

………父がいない朝も


「ねぇねぇ、お嬢!誕プレ、何がいいっすか?」

「え?いらないよ、もう子供じゃないし」


味噌汁をすすって、素っ気なく私は答えた

温かくて、野菜のダシが効いているその味にほ、と息をつく

誕生日のプレゼントと言われれば欲しいものは確かにある

だが、それは貰えないもので、口にすれば迷惑をかけてしまうもの

だから……


「桜」


その人が、そこにいてくれるのが嬉しくて、悲しかった

少しむす、とした表情の渋い顔

一日、「脱」組長 と書かれた、たすきを肩からさげて、とんがり帽子を被ったその人

私が

沢山の家族同然の人達に祝われて、不満があったわけじゃない

ただ、私はその人に、父親に祝ってほしかった

ほかの誰でもない、血のつながったその人に


「お、とう…さん」

「……おめでとう、桜」


伸びてきた手が、頭頂部に触れた

けれど、そのぬくもりを、初めて、感じるよりも前に


喉を貫くような痛みが、走った


「さく、ら?」


唖然とする父

震える体と、とっさに出した掌を汚した液体

何度も嗅いだ、鉄のにおい

人の死を、自分の死を、覚悟することは何度もあった

誘拐されたこともあった、抗争に巻き込まれることだってあった

けれど、あぁ、こんな事って…

そういう家庭に生まれた以上、いつ死んでしまってもおかしくない、と理解はしていた

を盛られて死ぬ可能性だってある、とわかっていた

でも、今は、今だけは


死にたくない


死にたくない。まだ、お父さんの温かさを知らない

沢山、話したい。沢山、遊びたい。それなのに…


「だめだ、桜!目を閉じるな!息をしろ、桜!」


父が、遠くで私を呼ぶ

温かくて、大きな手

あぁ、ごめんなさい、ごめんなさい

いい子で、いたいのに、目を、閉じたくないのに

息が、止まってしまう


ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…


「……お、と…さ」


苦しい、つらい、死にたくない

けど、お父さんの切羽詰まった声が

怒声の飛び交うこの空間が

私は、もう助からないのだと

現に私だって理解している

息ができなければ生物は死ぬし、これだけ血を吐けば生きる望みなんて無いも同然だ


「———。」


本格的に、意識が遠のき始める

指先が、動かなくて、平衡感覚が、鈍る

胸に抱いてくれているのだろう、父のぬくもりさえ、徐々にきえていく


あぁ、もしも、奇跡が起こるのなら、

もしも、ほんの数秒だけ、動けるのなら、

わたしは、まよわず、いうだろう


ありがとう、さようなら


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悪役令嬢の武器はヒール?いいえ、得物です 夢兎 @enmusu

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