習作掌編小説まとめ・現代ファンタジー

天海彗星

満員電車の半魚人

暗がりに咲く黄金のきらめき。電灯の織り成す虹の都、東京。都中を銀色の蛇が駆け抜けていく。電車。それも人間をぎゅうぎゅうにすし詰めにしたもの。人々は恐れながらも避けられないそれをこう呼んだ。「満員電車」、と。この空間はこの東京という都を象徴するかのようなものだ。一人ひとりの人間が、たくさん詰め込まれているものの一つ、という概念に無理矢理あてはめられることで、一切の人間性をはく奪され、感情を持つことを許されない電車の部品となって、静かに留まるだけの世界なのだ。俺の目の前のコイツを除いては……。

「ウオォ……ギョットト……ピチピチ」

 半魚人だ。何故アマゾン川ではなく、ここにいるのかはわからない。吊革を左手でしっかり握り込んでいるコイツは、全身から水を滴り落としながら、じっと俺を見つめている……やめろっ、見るな! だが奴はやめない。困ったことになった。折角、久しぶりに席に座って退勤出来るというのに。ちょっと眠っている間に、何でこんな鱗塗れ人間が目の前に立っているんだ? そもそも、周りの人間はガン無視しているのはなんなんだ? 人間性を失った人々特有の何も見なかった主義なのだろうか、今日は許せんぞ……。写メ撮る奴すらいないとは絶句。

「ウオォ……ギョットト……ピチピチ……ジャブジャブ」

 半魚人が涙を讃えながらこちらを見てくる。やめろ、憐れむな! なんでお前に憐れまれなきゃならんのだ。元はと言えば、お前のせいなんだぞ! 何故、川に帰らなかった? おふくろさんが泣いているぞ。いるかどうか知らんけど。それともあれか、俺に席をどいて欲しいのか? 頼むよマジ……俺は今日くらいは休みたいんだ。花の金曜日なんだよ。そう思うだろう、隣に座るサラリーマンのおっさん……って、オイィーッ! なんで立ち上がった! 半魚人が座ってきたらどうするんだよ畜生! 降りるな! 俺をひとりにするな、カムバーック!

「ウオォーッ!」

 半魚人が奇声を発して動いた。ヤバい。隣に座る気だ。やめろ、隣でピチピチジャブジャブすんのマジやめろ。こちとら心に差す傘でさえ持っていないんだぞ。こうなりゃ全面戦争だ、やってやろう……俺は覚悟を決めて半魚人に立ち向かう覚悟を決めた。すると半魚人は腕を突きだした。お前もやる気か、上等だ、来いよ半魚人! 鱗なんて棄てて……と思ったら、半魚人は隣にいたおばあさんを優しく前に出した。

「こちらの席をどうぞ」

 ……半魚人はおばあさんに席を譲った。お礼を言うおばあさんを見て、俺は気づいた。本当に怪物だったのは、俺の方だったんだな、と。

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