探偵の暗躍の結果
次の日の夕方、出勤の前に結がリカルドの自宅を訪れた。
また探偵事務所に泊まり込むよりその方が楽だろうと結が提案してくれた。彼も忙しい身だろうにリカルドに気を使ってくれたのだ。
「こんなに早く売人のデータがもらえるとは思っていなかったよ。ありがとう」
リカルドから音声データと隠し撮りの写真を受け取ると、結は笑顔を見せた。
「音声データを確認してもいいか?」
「あぁ、どうぞ」
ICレコーダーを再生して、結は耳を傾けている。
『昔、少しやんちゃをしていたので』
レコーダーのリカルドの言葉に結が噴き出した。
「やんちゃ、ねぇ」
「言葉のあやというものですよ」
「そう言えるようになってよかったなぁ」
しみじみと言われて、リカルドも深くうなずいた。
「それじゃ、リカルド達はきりのいい所で店から撤退してくれ。警察の捜査はその後ということでお願いしておくから」
リカルド達がまだ働いている時にガサ入れがあると、下手をするとリカルド達まで事情聴取ということになってしまう。
まさかリカルド達が足抜けしたマフィアだなどと気付かれはしないだろうが、警察との接触はできるだけ避けた方がいい。それがたとえ善行であっても。
「いろいろと気を使わせてるな。ありがとう」
「礼を言うのはこっちだよ。君達に断られたらどうやって内偵しようか困ってたところだ。許可してくれたジュディさんにも感謝しかない」
結はもう一度ありがとうと言うと帰っていった。
ふと、LAで結と初めて会った時のことを思い出した。
底知れぬ何かを持った男。それが結の第一印象だった。こちらが彼を捕らえていたというのに優位さをあまり感じなかった。だからこそレッシュに結の弱みになるようなものを見つけてこいと命じたのだ。
それが今では、例えば不意打ちを仕掛ければあっさりと倒せてしまうくらいにリラックスした姿を見せてくれている。捜査を任せて安心だと信頼してくれている。
人の縁というのはどこでどう交わり、変わるのか、判らないものだ。
今自分がここにいるのは信司をはじめ、皆のおかげだ。
改めて感謝しつつ、リカルドは「キャラメラブルー」に出勤した。
開店前のミーティングに入ろうとしているところで、リカルドを睨んでくる視線に気づいた。
ユンファだ。
彼は如月夫人が来店した日から昨日まで休んでいたので久しぶりに会うが、借金の取り立てから逃れるためだけに休んでいたのではないのかもしれない。
「おまえ、よくも告げ口したな」
ユンファはつかつかとリカルドに近寄ってくる。並の人間なら剣幕に押されているであろう。
しかし、自分でそう考えるのもなんだが相手が悪い。
「何をですか?」
しれっと返してやるとユンファは顔を紅潮させた。
「オーナーに、如月さんとのことをだよっ」
「店で起こったトラブルをオーナーに報告するのは義務とされていますので。あなたのことを告げ口しようという意図はありませんでした」
「同じことだろう!」
「しかし報告しないわけにはいきません」
ますます激昂するユンファと平然としているリカルドの姿を見てだろう、レッシュが後ろを向いて肩を揺らしている。笑っているに違いない。
「オーナーから叱られて、給料差し押さえになったじゃないか!」
「借金を踏み倒すホストがいると噂になると店の損失になりますのでオーナーの取られた措置はまっとうだと思いますよ」
さらりとトラブルの内容を他のホストにも知らしめたリカルドに、ユンファはつかみかかって来た。
「ここでそれを言うか!?」
「何を怒ってらっしゃるのです? あなたから話題を振って来たから話していいものかと思いましたよ」
ユンファの手を逃れるリカルドにじれたようで、机の上にあったハサミを手にして突きかかって来た。
顔を狙って伸びてくる刃先をかわすことなく、リカルドはユンファの手を手刀で横に弾いた。
「よしなさい。給料差し押さえだけでは済まなくなります」
全く動じないリカルドに、ユンファから怒気が消えた。
がくりとうなだれるユンファ。部屋の緊張感が少しずつ薄らいでいく。
「さぁ、ミーティングをはじめてください」
にこりと笑うリカルドに、レッシュが「おー、こわこわ」とつぶやくのが聞こえた。
リカルド達は月末に「キャラメラブルー」を辞めることとなった。
オーナーの金田からはとても惜しまれたが「別件で少しまとまったお金を得ましたので」と言葉を濁すと変に納得されてしまった。もしかするとドラッグ関係などのアヤシイ仕事をしたのかと思われているのかもしれないが、誤解をされていたとしてもそれを解く気はなかった。
ユンファは店を辞めるつもりだったようだが金田が許さなかった。借金を清算してからにしろと命じられたらしい。
その辺りのことはきっちりした人だったのだろう。もちろん第一に店のためだったのだろうが。
如月夫人は結局夫に全て告白し、夫婦で話し合った結果「今回は離婚を見送る」と許してもらえたようだ。
いくらすぐに返ってくる見込みだったとはいえ、パートナーに内緒で共有財産から多額の持ちだしをしたんだから温情を与えられたほうじゃないのかな、とは亮の感想だ。
ふと、もしジュディが自分に内緒で如月夫人と似たようなことをしたらどうするだろうか、と考えた。
やはりいい気分ではないだろう。結婚後なら、離婚を考えるかもしれない。
金額の問題ではない。最初から相談してくれなかったことにがっかりするだろう。
そんな話をするとレッシュはにやっと笑った。
「ジュディなら大丈夫なんだろうけどな。それよりもあんたがジュディについつい隠し事をして愛想をつかされないようにしないと」
「私がか?」
「そ。あんた、ジュディに心配かけたくないとか考えて黙ってそうだから」
目からうろことはこういうことをいうのだろう。
確かに、リカルドは常々ジュディに余計な心配をかけたくないと考えている。何か大きなトラブルが起こった時に、あえて話さないという選択肢を取るかもしれない。
「……なるほど」
リカルドがうなずいたのに、レッシュはまた笑った。
「気を使いすぎるのも考え物ってことだな」
レッシュの言葉に、リカルドはもう一度うなずいた。
リカルド達が店をやめてから半月近く経った、夕方のニュースで。
『京都市にあるホストクラブ「キャラメラブルー」のオーナーが、麻薬取締法違反の容疑で逮捕されました』
テレビから聞こえてきたアナウンサーの声に、リカルドはそちらを注視した。
手錠を掛けられうつむきながら歩く金田の姿が映し出されている。
彼と禁制薬物の取引をしていた持田にも捜査の手は伸びているようだ。
結君、仕事が早いなとリカルドは微笑した。
「あ、このお店ですよね。リカルドさんが行っていたの」
夕食の支度をするジュディが手を止めてリカルドのそばに来た。
「うん。ついに逮捕されたみたいだね」
「探偵さんの秘密の協力あってこそですね」
ジュディの笑顔が誇らしげに見えてリカルドも嬉しくなる。
「探偵が事件現場で華々しく解決に導くなんて、フィクションの中だけだね」
「そうですね。でもあなたならなんだかすぱっと解決してしまいそうな気もします」
「そんなことはないと思うよ」
「どちにしても」
ジュディが隣に座って、リカルドの肩に頭を預けてきた。
「あまり危険なことはしないでくださいね」
うん、とうなずいて、リカルドはジュディの肩を抱き寄せた。
結婚も間近だ。夫婦のあり方を一度話し合ってみるのもいいかもしれないなと思った。
(了)
陽のあたる場所へ 御剣ひかる @miturugihikaru
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