4話


「なあんだ。そんなこと?」


 私の打ち明けた悩みを得留さんは肩を竦めて笑う。結構、真剣な悩みだったので私はちょっとムッとしてしまった。ちなみに彼女への恋心を打ち明けたわけではない。もうひとつの悩み。実家に帰るか否かだ。


「帰れるチャンスがあるなら帰ればいいんじゃない?」


 得留さんはあっけらかんと軽く言うが、事はそんな単純ではない。私は……。


「だぁいじょぶよ奥くんなら。生物はそんなに性格変わるもんじゃないんだし? 不安ならアタシも着いていこうか?」

「な、なにをバカな事を言ってるんですかっ!」


 実家に得留さんを連れていくなんて冗談じゃない。あちらとこちらでは価値観がまるで違うんだ。私の親兄弟が得留さんを襲おうものなら堪えきれるものではない。


「そう? 奥くんの家族なら大丈夫だと思うんだけどなぁ」


 いったい、なにを根拠に私の家族を信頼してるんだあなたは。


「ん~、まぁ奥くんがそういうならアタシが行くのはやめておく。けどね、親なんていつ死ぬかわからないのよ? アタシらの世界は特にね」

「……」

「やっぱり、会いに行くべきだとは思う。絶対にあなたはあとで後悔すると思う」


 得留さんの真剣な眼はなにか得留さん自身の事を言ってるように感じて、私はなにも言えなくなってしまう。いったい、得留さん自身に何があったかは、聞けるものではないが。


「わかりました。向こうに帰るのは考えておきます。私事ですが、悩みを聞いていただきありがとうございます得留さん」

「ううん、アタシも余計なことばっかり言っちゃってごめんね」


 得留さんはヒラヒラと手を振って笑顔を向けてくれる。声を荒げてしまった事を恥ずかしく思う。私のようなオークの荒んだ声は恐ろしいだろうに。彼女は軽い調子に見えて真剣に応えてくれたというのに。


「得留さん……しかし、なぜ今日は私の所に来たんです? 友達といっても大切なクリスマスを潰してまで私と過ごす理由は無いはずでしょう?」


 そうだ、今日はなんだか不思議な気分だ。ここ何十年と得留さんは大切な人と夜を過ごしていたはずだ。彼女の部屋の明かりはいつも消えていて、私は……。


「ん、なに言っちゃってんだか。アタシの気持ちはケーキに……て、ありゃ、クリームで見えなくなってんじゃない」


 私の言葉に首を傾げて得留さんはケーキを確認して、チロリと可愛く舌を出した。ドキリとするくらい可愛い仕種で胸が跳ねる私をよそに白い人差し指で真っ白なクリームをなぞり取ってチョコレート部分を私の方に向けた。


「!? これはっ」

「ふふん、実はこれお店のを真似たアタシの手作り。だからも自由自在よん」


 指に付いた生クリームをペロリと舐めながら得留さんは頬を赤らめている。私は信じられないと眼を剥いてチョコレート板に書かれた文字を見つめる。



 ーーーー大好キナ君ノ彼女ニナリタイーーーー



 チョコレートにはこう、書かれていた。信じられるものじゃない。


「あぁ、ハハ、キツいなぁ得留さんは。これ、彼氏と一緒に食べるつもりだったやつですよね?」


 そうだ、自惚れるな。オークである僕をエルフの得留さんが愛する筈がない。これはきっと間違えて……。


「ムッ、さすがにそれは失礼じゃない。これでもちゃんと勇気出したのよ」


 得留さんは少し怒った顔で、バチンと両頬を叩いて私の顔を強引に向けさせた。


「アタシ、今日は友達をやめに来たのっ。あなたの彼女になるって決めてるの。無理ならちゃんと言ってっ。嫌ならハッキリと言って欲しいの」

「……嫌だなんて、思うはずはない。けど、私はオークだ。エルフとの恋なんて叶うはずがーー」

「叶うわよっ。ここは向こうの世界とは違う。恋愛も個人の自由なんだからっ」

「しかし」

「焦れったいなあっ!」


 得留さんの唇が私の口を強引に奪う私の牙が彼女の白い頬を傷つけるなんて考えてはいない。貪るように舌を絡ませる情熱的なキスだ。私には経験の無い初めてのキスは頭を真っ白にさせとろけさせる。やがて、一筋の糸を引いて私達の唇はゆっくりと離れた。


「どう、かな?」

「……豚肉の味がしました」

「ラブデリカシーが無いなぁもう」


 私の素直な感想に得留さんはガックリと脱力していた。





「はい、じゃあ食べてほら、アタシの手作り。そんで、もう一回仕切り直すわよ。ほらほら、アーン」


 得留さんは納得がいかないようで、仕切り直しを要求してきた。お互いにケーキを食べて甘いキスをするんだとフォークに突き刺して口に近づける。


「まっ、待ってください得留さーー」

「ーー風羽ふう

「え?」

「風羽って呼ばなきゃダメ。恋人なんだから私も太郎くんって呼ぶから」

「でも得ーー」

「ーー風羽!」

「……ふ、風羽さん」

「ん、まぁいいか。よろしい」


 さん呼びに若干の不満はありそうだが、最終的には満足したようでにこやかに眩しい笑顔を見せた。綺麗と可愛いが混在する不思議な胸の締め付けが熱を焦がす。


「じゃ、食べようね。アーン」

「だ、だから、待ってください」

「もう、強情。なに、そんなにアタシの手作り食べたくないの?」


 段々と、また不機嫌というか悲しげに眉尻が下がっている。あぁ、そんな顔はさせたくない。早く理由を言って納得して貰おう。


「じ、実はですね。私達オークはエルフを食い物にしてきました。ですから、私は風羽さんの手料理を食べる資格はーー」

「ーーは? そんなことでいままでアタシの手料理食べなかったの? 意味わかんないわこのやろうっ」

「な、なにをっ、ガッーー」


 風羽さんは私の上顎を凄い力で無理やりこじ開け、不適な笑みを浮かべてフォークをケーキを突き刺して一切れを持ち上げた。


「アタシ達の間に、そんな資格だなんだいらないっ、のっ!」

「ーームォッ!!」


 無理やりに口一杯にケーキを突っ込まれた。


 風羽さんの手作りケーキはとても甘くて、美味しかった。




 ケーキを食べ終わった私達は二回目のキスをした今度は私の希望で優しく甘い恋人のキスをした。幸せを噛みしめるたっぷりと時間を掛けたキスだ。やがて、息苦しくなって、どちらともなく唇を離す。名残惜しげに風羽さんの麗しくも艶かしい顔が離れてゆき、私を見上げる。


「感想は、どう、かな?」

「……生クリームのように甘くて、イチゴのように甘酸っぱいですね」

「それ、食べたケーキの感想じゃなぁい。もう、さては童貞ね太郎くん」


 再び脱力してガクリとする彼女の「童貞」の言葉にドキリとしてしまう。ズバリと当たっているからだ。だって、しょうがないじゃないか。経験する前にこっちに来たし、こちらでの初恋は風羽さんで、こちらにはお金さえあればセクシーコンテンツは充実してる。緑の皮膚を晒すわけにはいかないから風俗には行けなかったから、失礼な話ではあるが、風羽さんに似たエルフのセクシー女優さんで慰めるしかーー


「ーーなんか、エロいこと考えてる顔ね?」

「か、考えてなんてっ!」


 ジト眼な風羽さんに言い訳するが凄く見透かされてる気がする。


「ま、いいわ。アタシ以外ではエロいこと考えられないようにしてあげる。ほら、行くわよ」

「え、行くってどこへ?」


 ポカンと呆ける私に風羽さんはニヤリとイタズラに笑い片目を瞑る。


「クリスマスの夜に恋人同士がやることはひとつでしょん?」

「恋人同士がやるって……まさか」


 彼女の言葉に喉がゴクリとなる。


「クスッ、「アタシを殺して」欲しいなぁ」


 風羽さんの言葉にまたドキリとしてしまう。彼女の言う「アタシを殺して」は私の持っているセクシービデオのタイトルだ。バッチリ見られてものなぁ。


「そんなことを言って、私だって童貞と言ってもオークだ。どうなるかわかりませんよ」

「あら、アタシの方が経験が上だってこと忘れてないかなぁ?」

「ハハハ、なんですかその自信」

「そ、そっちこそ、フフ、フフフ」


 私達はひとしきり噴き出すと。静かに見つめあいどちらともなく三度目のキスをした。


 私は煩わしい服を脱ぎ捨てて彼女の柔らかな胸をまさぐりながらベッドへと押し倒した。





 fin~~~~MerryX'mas

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奥くんと得留さんのメリークリスマス もりくぼの小隊 @rasu-toru

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