3話
「では、メリ~クリスマ~ス」
「はい、メリークリスマス」
ワイングラスをカチリとぶつけ独り身同士のささやかなクリスマスが始まった。得留さんのグラスにはワインが並々と注がれ溢れそうで
「グッ、グッ、カハァッ!
それをビールのように一気に飲みほす。聖夜の雰囲気なぞ霧散するエルフのお姿だ。私の方は少し含んで口の中で転がして味わう。うん、これはいいものだ。絶対に万が幾らか吹き飛ぶお値段のやつでしょう。こんなの本当に私が飲んでもいいんだろうか。もしかしたら、得留さんはもっと特別な人と……。
「あ~、しかしやっぱつまみが無いと寂しいわねぇ。トンテキなんてすぐになくなっちゃったし、ねぇ他になんか無いのぅ?」
こちらの複雑な感情なぞお構いなしに彼女はさばさばとつまみを要求する。
「はぁ、そんなことを言われましてもうちにあるのはピッグカツと冷蔵庫に豚バラくらいしか無いですよ?」
「あなた本当に豚好きねぇ。ま、それでいいや、適当に豚バラ料理しちゃいなさい」
「え、私が作るんですか?」
「なぁによぅ、ワインとケーキ持って来たのアタシよぅん?」
ジロリと既に酔っぱらいなエルフに凄まれて私はつまみを作ることにした。しかし、お酒好きな割りに相変わらず弱い人だ。私は声を出さないように笑いながらフライパンを暖めた。
できたつまみは「豚バラともやしのポン酢炒め」やはりクリスマスとはほど遠いメニューだ。
「んふぅ! これこれ、この味の濃いのがいいのよ。いやぁ、アタシ、奥くんのおつまみに殺されちゃったぁ~」
だが、当の本人はご満悦なようで拵えた方としては嬉しく思う。後半はなにを言ってるのかはわからないけど。
「あれ、奥くんは食べないの。できたてよ?」
「知ってますよ。作ったの私ですから。ただ、このワインをじっくり味わいたいのでそのつまみは得留さんに全部差し上げます」
「ワオッ、ほんと。ふふん、あとで欲しいなんて言っても上げないからね」
「えぇっ、構いませんよ私のつまみは」
あなたの笑顔ですから。そう、得留さんの天真爛漫な笑顔は最高のつまみですよ。ワインが何倍も美味しくなる。
私は得留さんが好きだ。文不相応に心惹かれている。もう、好きになって、どれくらい経ったかもわからない程に。
だが、私はオーク。彼女はエルフ。元の世界では私の一族はエルフを狩るもの。彼女の一族にとっては憎むべき蹂躙者にすぎない。私とて、向こうにいた頃はエルフに好意を抱くなど思いもしなかった。だが、彼女は私の価値観を全て吹き飛ばしてくれた。私は異文化で変わったわけではない。異世界研修が終わっても、まだ私の中のオークとしての価値観は燻っていた。だが、彼女の存在が、彼女との出会いが私を変えてくれた。この世界で生きたいと真に思えた。
私よりも十年も先にこちらの世界に来ていた彼女は、
だから、私はこの想いは秘めただ、ご近所さんとして長く付き合えればいいと思っている。
「よーし、奥くんケーキ食べようケーキ。あ、サンタは私によ。真っ二つにするなんて認めないんだから」
「そんな恐ろしいことしませんよ。私をなんだと思ってるんですか」
フォークを手に子どものようにはしゃぐ得留さんに苦笑しながら、持って来てくれたクリスマスケーキを箱から出す。オーソドックスな真っ白なホイップクリームに甘酸っぱそうなイチゴに砂糖菓子のサンタクロースにメッセージ付きのチョコレート板だ。少し崩れてクリームがかかり何が書いているかは読めないが。
「それでは、切りますよ」
ちゃんとサンタクロース側を大きめに切ってあげようかな。といってもこのくらいの大きさなら得留さんはペロリと全部ーー
「……ねぇ、奥くん」
ーー得留さんが机に突っ伏してケーキを眺めながら話かけてくる。
「なにか悩んでるんじゃない?」
ケーキを切る手を思わず止めて彼女の顔を見る。その大きな青い眼はジッと真っ直ぐ心を見抜くように見つめてくる。
「別に、なにもーー」
「ーー嘘ね。目が泳いだ。さ、お姉さんに洗いざらい吐きなさい。胸、貸してあげるから」
まったく、この人には何十年経っても敵わないと思う。
私は観念して、彼女に胸の内を少し明かすことにした。さすがにあの柔らかな胸を借りるわけにはいかないが。
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