僕だけのサンタさん
雨空 リク
第1話
12月24日
クリスマスを次の日に控えた今日この日に、小学校で絶対に交わされる話題なんて決まっている。
二学期の終業式が終わり、教室でのホームルームも終わって帰宅の準備を進めている中で、うちのクラスでも例外なくそんな話題となった。
「なあなあ、みんなはサンタさんに何を頼んだ?」
「おれはスイッチの新しいソフトだな。早くソードをやり込みたいから明日が待ち遠しい」
「おれはシールドの方頼んだぜ」
「いや〜やっぱりキメツ全巻だって」
「おっ、いいな。冬休みお前ん家遊びに行くから読ませろよ」
「別にいいよ」
・
・
・
みんなしてどんなプレゼントをもらうか、それで冬休みをどう過ごすかなど楽しそうに語り合っている。
そんな話題から逃げるように僕はそそくさと帰宅の準備を終わらせて帰ろうとするもクラスの一人に捕まってしまった。
「ハヤテは何頼んだんだ?」
「えっ」
「えっ、じゃなくて。クリスマスプレゼント。サンタさんにお願いしてるだろ?」
「あーっと、僕は天体望遠鏡かな」
「望遠鏡!いいな!めっちゃカッコよさそうじゃん!!!」
「でしょ?明日なら繊月か三日月が見えるはずだから楽しみだよ」
「へー、おれにも今度見させてくれよ?」
「もちろん」
「よっしゃ!またうちのゲームでも遊ばせてやるから冬休み遊びに来いよな!」
「うん、じゃ今日は僕帰るね」
「おう、またな!」
教室を抜け出して校門を抜け、足早に家へと帰っていく。
吐き出す息は白く、空は一面灰色の曇り空だ。
(これだと望遠鏡は使えないかな…)
うちはお父さんが僕の生まれる前に事故で死んだからお母さんと僕の二人、いわゆる母子家庭だ。
詳しい事情は知らないが親戚とも折り合いが悪くて頼ることができなかったみたいで、女手一つで子供を育てるのに、お母さんは仕事も家事も全部一人でこなしてとても大変そうだ。
だから僕はお母さんを心配させないために、そして将来楽にしてあげるために人一倍学校の勉強を頑張っているのが、ここ数年はお母さんの休みも少なく同じ時間を過ごすことがめっきり減ってしまった。
けれども今日と明日はお母さんが珍しく仕事が休みとなったみたいでクリスマスを一緒に過ごすことができる。
話したいこと、聞いてほしいことが沢山ある僕は、雪の降り始めた街を早足から駆け足になってマンションへと急いでいた。
「ただいま!」
玄関の扉を勢いよく開けて、いつもは小さな声でボソッと呟くような「ただいま」も今日は大きな声で叫ぶ。
けれどもいつまで経っても「おかえりなさい」の返事が返ってこない。
とりあえず靴を脱いできれいに揃え、リビングへと続く廊下を進む。
「…はい…はい。え、今からですか?!ですが今日は…………分かりました。今から先方に確認をとってそれから伺えばいいんですね?」
リビングに続くドアの手前でお母さんのそんな電話の話し声が聞こえてきた。
テーブルの上にはお母さんの手作りの料理が少しだけ用意されており、台所の方ではまだ鍋を火にかけていたりボウルやフライパンが出たままだから料理を作っている途中だったのだろう。
「お母さん?」
通話を終えたお母さんに向けて声をかけると、お母さんはとても申し訳なさそうな表情をしていた。
「ただいま」
「ああ、ハヤテ。おかえりなさい。もう帰ってくる時間だったのね」
「うん、今日は終業式だったから」
「そう。あのねハヤテ、今日お母さん…」
「僕なら大丈夫だよ!」
「えっ?」
「お仕事…なんだよね?」
「…聞こえてた?」
「うん、途中からだけど…」
僕は背中に背負ってあったランドセルから通知表を取り出し、お母さんへと見せる。
「ほら見て!通知表!2つだけ『できる』でそれ以外は全部『よくできる』だったんだよ!この前のテストだって全部90点以上だったし、算数は100点を取れたんだよ!」
「ハヤテ…」
「学校の先生にはよく褒められるしクラスのみんなからはしっかり者ですごい、って言われてるんだから。…だから僕なら大丈夫!」
僕が精一杯の笑顔で胸を張ると、お母さんはほんの少しだけ安心した表情をしてくれた。
「帰りは多分明日の夜になるわ。晩ご飯は作ったものがあるからレンジで温めてから食べてね」
「分かった」
「あと今年のクリスマスプレゼントはツリーの下に置いてあるから。望遠鏡で良かったのよね?」
「うん、ありがとう。後で開けるよ」
エプロンと普段の服装からスーツに着替え、黒色のヒールを履き終えたお母さんは玄関先で膝をついて、僕をそっと優しく抱き寄せてくれた。
「ごめんねハヤテ。今年もお仕事で一緒に居られなくて」
「…ううん、お仕事なら仕方ないよ」
「ほんとにキホちゃんの家に行かなくてもいいの?あっちならキホちゃんとシノくんもいるのよ?」
同い年のキホちゃんとキホちゃんの弟のシノくん。キホちゃんのお母さんと僕のお母さんは仲が良いから、僕のお母さんの仕事が忙しくて何日も家を空ける時は面倒を見てもらっていたりする。
「もう僕六年生だよ。一人でも留守番できるから」
「そう…」
「ほらお仕事の時間に遅れちゃうよ」
「そうね。…来年は、来年のクリスマスは一緒に居られるようお母さん頑張るから」
「うん…そうだね。お仕事頑張って」
毎年のようにお母さんはこのセリフを僕を抱きしめながら言って、そして毎年のように仕事のせいで一緒には居られない。
けれども文句なんか死んでも言えない。だってお母さんは僕のために頑張ってくれてるんだから。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
ーバタン…ガチャッ…
ドアが閉まり、鍵がかかったのを確認した僕は一人誰もいない部屋へと戻り、外の天気が曇り空で暗くなっていた部屋を照らすため電気をつけてソファへと腰かけた。
自分以外誰もいない静寂。
独りというただそれだけの現実が、暖房がついているにも関わらず僕の心を雪の降る外にいた時よりも一層冷たいものにしていく感覚に支配されそうで辛かった。
「…テレビでもつけようかな」
気を紛らせるためにテーブルの上に置いてあったリモコンを手に取り、テレビの電源をつけてチャンネルを変えていく。
特に興味の引かれる番組はなかったので、とりあえずクリスマスをテーマにした特集が紹介されている情報番組を流すことにした。
テレビの中に映るおすすめのケーキや子供向けに恋人向けのプレゼント、誰とクリスマスを過ごすのか、などなど色んな情報を漠然と眺めていた。
どれだけの時間そうしていただろうか。
時計に目をやると、いつの間にか17時を少し過ぎていた。
外は陽も落ちてより暗くなっている。
「よお少年、なんだ浮かない顔してるな」
「!」
自分以外誰もいなはずの部屋に不意にそんな声が響いた。
ベランダへと続く窓の前に素早く目を向けるとそこには赤い服に黒いベルト、白いモフモフが先についた赤い帽子を被った見知らぬ大人が立っていた。
見た目は完全にサンタのそれだが、着ている人は白髪に白髭もじゃもじゃのお爺さんなどではなく、若々しい感じのお兄さんとおじさんの間くらいの男の人だ。
ニカッと眩しい笑顔をしている。
僕はその姿を確認するとすぐにソファから飛び退き、迷わず家の電話を掴み取って110を押した。
ーツー…ツー…ツー………
(繋がらない?!)
電話が繋がらなかったことにより、半ばパニックになりながらリビングから玄関へと続くドアへと駆け寄ろうとする。
けれどもそんな僕の試みはドアの前に立ちはだかるサンタの格好をした怪しい大人によって遮られた。
「まーまー、お留守番をする小学生の対応としては百点満点だがひとまず落ち着けって」
極めて軽い調子で話しかけてくるサンタの格好をした大人の男の人が急に部屋に現れたのに落ち着けるわけないだろう、というツッコミを心の中で入れながら僕は距離を取る。
「…おじさんは誰?泥棒?何しに来たの?」
「おじさん…え、おれってそんな歳とってるように見える?」
「そんなことどうでもいいから!答えないとベランダに出て大きな声で人呼ぶよ!」
サンタの格好をしたおじさんは僕の脅しなんか気にもせず「あれ、まだ若いはずなんだけどな」などとぶつくさ言っている。
「ねえってば!」
「そうカリカリすんなって。お兄さんの正体なんかこの格好を見たらわかるだろ?」
「サンタの格好をした怪しいおじさん」
「サンタの
「本物のサンタなんていないもん」
「おおう、今時の小学生は夢の欠片もねえな」
「だって他のみんなの家にはサンタさんが来てるのにうちにはサンタさんが来たことなんて一度だってないんだから」
「あー…」
「僕は一度だって学校を遅刻したことないし、宿題も忘れたことない。家でだってお母さんの家事の手伝いをしていい子にしてるのに一度もだよ?だから本物なんていないんだよ」
「それは…なんだ、そのすまなかった」
「どうしておじさんが謝るの?別に関係ないじゃん」
「いやある、だっておれは本物のサンタクロースだからな」
「サンタクロースは子供がまだ起きてるのに来ないよ」
「おれは慌てんぼうのサンタクロースだからな、ちょっと早めに来ちまった」
「何それ…」
怪しいサンタのそんな軽口が今は妙に僕の心のうちを軽くしてくれた。
不思議な人だ。
会ったことないはずなのにどこかで会ったことがあるように感じるのは気のせいだろうか?
「よしっ!それなら少年に今からいいものを見せてやるよ」
「何いいものって?」
「それは見てからのお楽しみってことで。ほら行くぞ」
「いや、でも…」
「ほらほら、遠慮なんてしなくていいんだぜ」
「そうじゃなくて…知らない人について行ったらダメっていうのは小学生の常識だよ」
「はー。少年は真面目すぎるのが逆に玉に瑕だな」
「ほっといてよ。これが僕なんだから」
「よしっ、いいかよく聞けよ。お兄さんはサンタクロースだ」
「………」
「サンタクロースだ!」
「う…うん」
「サンタクロースを知らない小学生なんていないよな?ということはだ、お兄さんは知らない人じゃない」
「…そういうのを屁理屈っていうんだよね」
「だぁーもう!つべこべ言ってないでほら行くぞ!」
我慢しきれなくなったのかサンタのおじさんはツリーの下に置いてある僕のクリスマスプレゼントを抱え、カーテンをくぐってベランダへと出てしまった。
「ちょっ、待って!それ僕のプレゼント!」
サンタを追いかけて僕も慌ててベランダに出ると、そこにいるはずの赤い服を着たサンタが全く見当たらなかった。
「えっ嘘。どこ?」
「おーい少年!こっちこっち!」
ベランダの塀の向こう側から声が聞こえ、塀に乗りかかって向こう側を除くとそこには宙に浮かぶ二頭のトナカイとソリ、そしてソリに腰掛けるサンタがいた。
「本…物?」
「ははっ、どーだ!これでおれが本物のサンタだって信じただろう?」
サンタはニヤリと勝ち誇ったような仕草をとるが、僕はもはや驚きと興奮とでそれどころではない。
「おいおい、いつまで呆けてるつもりだ?早く乗れよ」
「でっ、でも」
「うーん?塀を飛び越えるのが怖いか?まあここ12階だしな」
確かにここはマンションの12階だが僕が躊躇っているのはそんな理由などでは断じてない。
「別に怖くないし!それより望遠鏡!早く返して!」
「少年がお兄さんとの旅に少し付き合ってくれるなら返してやるよ」
「意味分かんない」
「ほーらほら、早くしないとこのままプレゼント持ち去っちゃうぞ〜」
「くっ…」
ソリを器用に左右に移動させて挑発してくるのが無性に腹立つ。
僕は覚悟を決めてベランダから身体を投げ出し、ソリへと飛び乗った。
「おっと。ナイスガッツ」
「ほら行くなら早くしてよ」
「いいねえ。そうこなくっちゃ。じゃあしっかり掴まっとけよ。出発だぞ!ジングルとベル!」
「え?うわあああああぁぁぁぁぁ!!!!!」
サンタの掛け声を受けて走り出したトナカイたちはものすごいスピードで夜空を駆け始め、僕は恐怖のあまり叫び声を出さざるをえなかった。
いやだって両側に囲いもなければシートベルトもない。取っ手もないために木の枠にしがみつくしかなかった。
滑り?飛行がひと段落して速度が落ちたところで僕は隣で手綱を握っているサンタに向けて抗議の声をあげる。
「おいサンタ!死ぬかと思ったぞ!」
「はっはっは。スリルがあっていいじゃんか。良い叫び声と怖がりっぷりだったぜ」
「うるさい!ていうかジングルとベルって何?!掛け声変すぎない?!」
「いやこの二匹のトナカイ。左がジングルで右がベルって名前なんだ」
「安直だな?!」
ネーミングセンスが酷すぎる。トナカイたちが可哀想である。
「それより少年、下を見てみろよ」
「下?」
サンタに言われてソリから顔を出して下を覗き込んでみる。
「わっ…」
覗き込んだ先にはオレンジ色の光でライトアップされたかのような、様変わりした街の風景が地平線の向こうまでずっとずっと続いていた。
「すごい…」
あの光一つ一つのもとに、自分とは違う誰かが自分とは違う人生を送っているかと思うと何だかこみ上げてくるものがある。
「…サンタが僕に見せたかったものってこれ?」
「んにゃ。これはまだ序の口。この先にもっとすごいものを用意してるぜ」
「…たい…」
「ん?」
「早く見たい…かも」
それを聞いたサンタはニカッと笑い、とても嬉しそうだった。
「おう!それじゃあ超特急で行くから掴まれよ!ジングル、ベル!発進だ!」
再度加速を始めたソリに乗った空の旅路で、僕は今までにないくらい心を踊らせていた。
「ほいっ、とーちゃーく!」
あまりに速いソリのスピードに目を閉じていた僕は、サンタのそんな声が聞こえてからおそるおそる目を開いた。
「ここって…」
開けた視界の先には遮るものが何もない夜空。少し下に目をやると青色の惑星。上に目を向けると無数の星々が煌めいていた。
「宇宙?」
「の一歩手前だな」
「サンタ、ダメだよ!こんな高くに来たら空気が薄いし凍え死んじゃう!」
そんな僕のセリフを聞いたサンタはキョトンとした後、盛大に笑い始めた。
「アッハッハッハッハ!!!」
「何もおかしくないよ?!」
「いやいやいや、ソリに乗った時からそんな薄着のやつに言われてもな」
「えっ?」
そう言われて自分の格好を確認すると、確かに長袖の服とズボンを着ただけで冬の寒空の下では薄着としか言えないような格好だった。
だというのにソリに乗っている間一度も寒いと感じたことはなかった。
「あれ?」
「ふふっ。魔法だよ魔法。魔法で少年が寒くならないようにしてるし息もできるようにしてある。なんならソリから落ちないようにもしてたから怖がる必要はなかったんだぜ?」
そう言われて自分の顔が恥ずかしさで真っ赤になったのが分かった。
「それならそうと早くいえよ!」
「いや〜、そんな薄着なのに何も言わないからてっきり気付いているのかと」
「魔法なんてわかるわけないじゃん!」
「魔法でもないとソリは空を飛ばないし、トナカイは宙を駆けないぞ?」
「でしょうね!」
「まあ魔法なんて学校では習わないしな、貴重な体験になったろ?」
フフンと向けてくるサンタのドヤ顔が嫌にウザい。
そして何やらソリの荷台からゴソゴソと取り出している。
「薄着が気になるならサンタの服がもう1着あるぞ?」
「別にいいよ!」
全くこのサンタは隙あらばいじろうとしてくる。けれどもそんなやり取りをどこか楽しんでいる自分もいた。
「さてと、じゃあ始めますか」
「始めるって何を?」
「そりゃあこんなところまで来たんだし天体観測をだな」
「えっ」
「ほらほら時間もないし早く準備するぞ〜」
サンタがプレゼントの包装を破いて中から望遠鏡が入った箱を取り出す。
「むっ、これは組み立てないとダメなやつか。少年、ボサッとしてないで早く手伝え〜」
「う、うん」
ソリの荷台へと移り、説明書を覗き込んでいるサンタの横に立つ。
「よしよし、大体分かった。じゃあ取り掛かるか」
こんな短い時間図面を見ただけで本当に分かったのだろうか?などと内心疑問に思いながら手伝い始めるも、サンタは思いの外手際が良かった。
「少年、そっち抑えてろ」
「次はこっちのネジだな」
「あっ、そこは慎重にな気を付けろ」
ことあるごとにそんな指示を出してくれるサンタ。
「なんだか…」
「ん?」
「ううん、何でもない」
(なんだか、お父さんと一緒に組み立てているみたいだな)
そんな風に感じている自分がいた。
「よしっ、これで完成だ!」
「できた…」
組み立てが終わって完成した望遠鏡は僕にとってとても輝いて見えたが、完成してしまって少し名残惜しい気持ちにもなった。
「早速見ようぜ。少年は何が見たい?」
「月が見たい」
「よっしゃ。任せろ!」
「あっ、僕がやってもいい?」
「おっ、もちろん。少年の望遠鏡だからな」
月の位置を目視で確認し、月が入るように望遠鏡の対物レンズの先を大体の感覚で動かす。次に月がファインダーの中心に来るように調整してから、倍率が一番低い状態で接眼レンズを覗き込む。最後にピントを合わせて倍率を高くして…
「見えた!」
「ほんとか?!お兄さんにも見せてくれ」
「いいよ」
立ち位置を変わってサンタも接眼レンズを覗き込む。
「おー見える見える!めっちゃくちゃ綺麗に見えるじゃん!!!」
サンタは僕よりも興奮した様子で月を観測している。
「いやほんと…よぐ…見えでるなぁ………」
「え?」
気がつくとサンタは大粒の涙を流し始めていた。
「えっ、ちょっ、急にどうしたの?!」
「いやいやすまん、別になんでもないから…」
「なんでもないなら泣かないでしょ!ほんとに大丈夫?」
「少年は優しいんだな」
「別に僕が特別優しいわけではないと思うよ。泣いてる人がいたら普通心配すると思うし」
「いや誰がなんと言おうと少年は優しい。優しくてこんなに立派で、そしてお母さん想いのいい子に育ってくれた」
「そんなこと…」
否定しかけた僕の頭をサンタは大きな手でワシャワシャとしてきた。
「さっ、あんまり遅くなるとあれだからそろそろお家に帰ろうか」
サンタは涙を赤色の帽子で拭い、荷台から前へと戻る。それに合わせて僕もソリの前へと移り、サンタの隣に座る。
サンタは手綱をふるい、ゆっくりとした加速でソリを進めて少しずつ下降していく。
「少年はお母さんのこと好きか?」
「うん、大好きだよ。お仕事が忙しくて最近は全然一緒にいられないけど、それでも僕のために頑張ってくれてるんだもん。だから僕はお母さんが僕のお母さんで良かったと思ってるよ」
「寂しくはないのか?」
「寂しいに決まってる。今日だって本当は一緒にいられるはずだったのに急な仕事が入ってそれで…」
「それはお母さんに言わなかったのか?」
「言わない。絶対に言わない。僕のことでお母さんに迷惑なんてかけたくないから。僕が我慢して笑顔でいればそれでうまくいくんだから」
「なあ少年。親が一番辛いことって何だかわかるか?」
「分からないよそんなの」
「子供に無理な笑顔をさせることだよ」
「っ………別に僕は無理なんて!」
反論しようとサンタの方を振り向くとサンタが僕に抱きついてきた。
「ごめん…ごめんな………不甲斐なくて…将来を見守ってやれなくて…本当にごめんな………」
サンタに謝られり筋合いなんて一つもないのに。
僕とは関係ないただのお兄さんのくせに。
その言葉が僕の心の深いところまで届いて、
お母さんに心配をかけないよう、ずっとずっとこらえていた涙が少しずつ、少しずつ、そして次第に大粒の涙となって流れ始めた。
抱き寄せて僕の頭を撫でてくれるサンタさんの手が大きくて、温かくて、心のそこから安心させてくれる温もりがそこにはあった。
「ほら早くお家のベッドに行きな」
「分かってるけど…」
「なんだ、本当に願い事なんか叶うのかってか?」
時刻は20時。
3時間にわたる空の旅を終えて家へと帰ってきた僕に向けて、最後にサンタは一つだけ願い事を叶えてあげると言ってくれた。
「うん…だって僕の家には一度もサンタさんが来たことなんてなかったのに今日だけ叶うなんて…」
あるはずがない…そう続きそうになった言葉を僕はすんでのところで飲み込んだ。
それを言ってしまっては、本当に願い事が叶わないような、そして目の前のサンタさんが夢みたいに消えてしまう気がしたから。
「…少年はいい子にしてた」
「え?」
「毎年毎年、お母さんに心配をかけないように明るく元気に振る舞って本当にいい子だった」
「だったら」
「だから今年は12年分のプレゼントをもらう権利が少年にはある。いや、おれが少年に12年分プレゼントしてやる」
「っ………」
「だから今年は本当の本当に欲しいものをサンタさんに願うんだぞ。お母さんへの遠慮なんか一つもいらない。一回きりの限定サービスなんだからな」
「うん…うん…」
「さあ、少し早いが良い子は寝る時間だぞ」
「ぐすっ………うん…」
「おっ?」
僕はサンタさんにぎゅーっと抱きつき、お礼の言葉を述べる。
「ありがとう…」
「ははっ、どういたしまして」
サンタさんから離れ、ベランダの窓から室内へと入る。そして窓を閉める前にサンタさんへと向けて、クリスマスイヴに相応しい挨拶を送る。
「メリークリスマス」
「メリークリスマス、少年」
ニカっと眩しい笑顔で応えてくれたサンタにつられて、僕も笑顔になる。
「母さんを大切にな、ハヤテ」
「えっ?」
去り際にそんな言葉を残し、サンタさんはソリに乗って空へと上っていった。
(やっぱりサンタって…)
何となく心の内側がほんのり温かくなるような気持ちで包まれ、その温もりが僕にサンタさんの正体を教えてくれた。
自分の部屋に戻った僕はベッドにもぐり込んで、そのサンタさんに向けてたった一つの願い事をする。
(今年のクリスマスは、お母さんと一緒にいられますように…)
目を覚ますと、ぼんやりとした視界の中に誰かがいた。
僕の手を優しく握ってくれているみたいだ。
温かい手の温もりに段々と意識がはっきりとしてきて、手を握ってくれているのが誰なのかはっきりと見えた。
「お母さん!」
思わず飛び起きて大声を出してしまう。
「あら、起こしちゃったわね」
「え、え、なんで家にいるの?!そうだ時間、もしかして寝坊した?」
「落ち着いてハヤテ。学校は今日からお休みだし時間は夜の9時よ」
「ならどうしてお母さんが?今日は仕事のはずじゃ…」
「ふふ、お仕事休んじゃった」
「え………大丈夫なの?」
「大丈夫。それよりハヤテに無理な笑顔をされる方が私はよっぽど辛いわ。息子に気を遣われるなんて母親失格ね」
「そんなこと…」
(子供に無理な笑顔をさせることだよ)
サンタのお兄さんのセリフが不意に蘇ってきた。
「…お母さん僕ね、本当はすごく寂しかった」
「うん」
「いつも仕事で全然僕にかまってくれないし、ご飯だっていつも一人」
「うん」
「でもね、僕はお母さんが僕のために頑張ってくれてることを知ってるから。だから僕はお母さんが僕のお母さんで良かったって心の底から思ってるよ」
「………うん…うん………私もハヤテが私の子供で良かったよ………」
お互いに抱きしめ合って泣き合って、二人が落ち着きを取り戻す頃には夜もだいぶ更けていた。
「ぐすっ…ハヤテ、ご飯はもう食べた?」
「ううん、まだだよ」
「じゃあお母さんと一緒に食べましょうか」
「うん!」
ベッドから降りてリビングへと向かうとお母さんが何かに気付いたようで驚きの声を上げていた。
「あら、望遠鏡もう組み立てちゃったの?一人だったのにすごいわね」
組み立てられている望遠鏡を見て僕の口元は自然と綻び、そしてお母さんに向けてニカッと眩しい笑顔を向ける。
「すごいでしょ!」
「あら…ハヤテ、何だかお父さんに似てきたわね」
「!…ねえお母さん、お父さんってどんな人だったの?!」
「えーどうしたの急に?」
「いいからいいから、教えて」
「そうねえ…」
僕の願い事は叶い、今年のクリスマスはお母さんと一緒にいられた。
僕の、僕だけのサンタさんがニカっと眩しい笑顔で笑っている気がした。
僕だけのサンタさん 雨空 リク @Riku1696732
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