クワガタ戦士・ダークスタッグ
クーイ
ダークスタッグの選択
俺は悪の戦士、
天敵、“ホワイトスカーフ”と出会って3年、今まさに、決戦の時――!!
☆
「……はぁ」
また負けた。この2年で勝ったのは2度だけ。どちらも、奴にピンチを与えたんだが、あいつは強化されて戻ってきた。
ホワイトスカーフ・ストロングモードは、俺が一度目に奴を倒した時に強化した姿だ。俺のボディを遥かに上回るほどの装甲と、強烈なパンチがその特徴だ。
ホワイトスカーフ・スピードモードは、俺が二度目に奴を倒した時に強化した姿。俺は、ストロングモードを撃破する秘策“ジョーブレイク”を編み出したが、それを上回るスピードでキックを放ってきた。今は絶賛、スピードモードへの対抗策を編み出しているところだ。
俺の携帯の着信音が鳴る。メールだ。
『お前もちょっとは訓練しとけよ(笑)』
差出人名はホワイトスカーフ。
『うるせぇ、そっちはそんな巨大な組織なんだぞ、こっちもちょっとは労え』
俺は、即座に返信した。ホワイトスカーフが所属しているのは、国際ヒーロー連盟という巨大組織だ。全世界のヒーローを取りまとめ、悪の組織に立ち向かっている。一方、俺が所属するのは、黒田昆虫生態学研究所、構成員は2名。俺と、所長である
黒田さんは、リストラされて途方に暮れていた俺を拾い、ダークスタッグの力を与えてくれた。仕組みは良く知らないが、要するにクワガタムシの遺伝子を俺の中に取り込み、皮膚細胞を変化させているらしい。
最初は、強烈な拒絶反応に苦しんだ。体中を、無数の釘が付いたハンマーで殴られ続けているような痛みに耐え、この力を手に入れた。
生活面でも苦労した。改造されてしまった身体は、人間態になっていても異常な力を有していた。ドアノブを握り潰し、カップは粉々に割れた。妻には逃げられたし、19歳になる娘の
『確認事項については、弁護士を通してください』
20年ぶりのラブレターに書かれていたのは、知らない男の電話番号だった。
とにかく、娘にだけは苦労を掛けたくなかった。いい高校に入学し、人生の花道を歩いていた美花の人生を、自分のせいで壊したくはなかった。その一心で、先方の提示した慰謝料を払い、養育費も払っている。
俺は自棄になった。全てがどうでも良くなった。俺は何のために、この力を得たんだ。何のために、あの痛みに耐えたんだ。
「何かあったのか?」
離婚直後の戦いの後、奴が俺の額に缶コーヒーを当てた。
「ヤケクソな感じの戦い方だったぞ」
どうやら、ヒーローにはそんなことまで分かるらしい。
「まだ2回しか戦ってないだろ、何が分かる」
そう言うと、奴は笑った。
「分かるさ。2回も戦った、長い付き合いだからな」
アドレスを交換したのはその時だ。全てを失った俺が得たのは、敵の連絡先だった。
聞けば、所属組織の善悪に関係なく、“身体が変わった経験”を持つ者は、何かを失う運命にあるらしい。俺は妻子、奴の場合は、両親だったそうだ。ヒーローになった直後から大きな力を持っていた彼は、悪の戦士に両親を狙われ、殺された。そんなもんさ、と言う奴の横顔は、戦士の顔だった。
「大きな何かを得るには、大きな何かを失わなきゃいけない。お前の娘はまだ生きてるんだろ、だったら守ってやれ。組織の善悪なんて関係ない、会えなくたっていいじゃないか。問題は、お前が何を守るかだ」
奴のおかげで吹っ切れたのは事実だ。黒田さんがなぜ悪の組織をやっているかは知らないが、俺は美花を守れればそれでいい。たとえ二度と会えなかったとしても、だ。
☆
「三郎、次のミッションだ」
黒田さんが資料を持ってくる。
「娼婦館の制圧……ですか」
黒田さんは、街に蔓延る様々な問題を調べては、解決しようとしている。
「ああ。ここは、半ば誘拐に近い形で女を集め、薬で狂わせて働かせているらしい」
黒田さんが持ってくるミッションは、こういうものが多い。強い存在に虐げられている弱い人たちに手を差し伸べる。さながら正義の味方だが、黒田昆虫生態学研究所は、国際ヒーロー連盟に未加盟の正真正銘・悪の組織である。
「そうだ、これを順調に完遂したら、連盟が加盟を承認するってよ」
「本当ですか!」
ヒーロー連盟は、各組織の「平和への貢献度」によって、承認非承認を決定している。黒田さんは、ダークスタッグの力を開発した時、“何らかの事件”によって連盟から敵視されていたらしい。
「俺のために、苦労かけたな」
「いえいえ。それじゃあ、ちょっくらヒーローになってきますよ」
気を付けろよ、といつものように送り出してくれる黒田さんを横目に、俺はスタッグビークルに跨る。何を隠そう「スタッグビートル」のダブルミーニングなこのスーパーマシンは、黒田さんが作ってくれたダークスタッグ用のバイクだ。
黒いライダースジャケットを靡かせ、颯爽と車のいない公道を走り抜ける。そう言えば、どこかの国の伝説でこんな戦士がいたような……改造された俺は、“親殺し”の十字架を背負いながら、自分を生み出した組織を……いやいや、その伝説からは一旦離れよう。ミッションに支障が出る。
人類の愛と平和を守るために戦う、悲しみを背負った戦士ことダークスタッグ・俺は、目標の娼婦館に到着した。裏路地の更に裏、湿気が多く薄暗い場所にぽつんと佇むそこは、まるで妖怪の館のようだった。
「よし、行くか」
超科学で改造された戦士に似合わぬ“普通のハンドガン”を手にした俺は、自らを鼓舞した。まずは変身せず、人間のままで様子を見るのが鉄則である。本音としては、あまり変身したくないのもある。あの姿になる痛みを味わう程、俺は人でなくなるような嫌な感覚に苛まれる。力だけが俺の手をすり抜けて暴走する夢を、もう幾度となく見ていた。
娼婦館の扉を開けた俺は、嫌な臭いに気が付いた。
「死臭……?」
戦士になってから何度も嗅いだその匂いを間違えるはずがない。これは紛れもない“死体の匂い”である。
死臭に取り囲まれながら忍び足で進む俺の前に、男がずいっと現れる。反射で発砲した俺の右手を取り、そいつは腰の銃を抜く。至近距離で発砲された俺の身体は、四方八方に飛び散る……ことはない。即座に変化させた左手の硬化した皮膚は、俺のみぞおちを守ってくれた。
「舐めるな!」
右足を振り上げ、後方から放った回し蹴りがヒットし、敵が吹っ飛んでいく。俺は倒れ込んだ男に向け、ハンドガンの引き金を引いた。
「……428人」
そう呟いた俺は、血だまりを避け、さらに先へと進む。一際目を引く扉の前で耳を澄ますと、女の叫び声が聞こえてきた。
「ここか」
一人目が現れてから誰も見ていない。恐らく、相当な数の人間をこの扉の向こうで殺すことになるだろう。超人的な力を得ていない者を相手にするミッションは、他のミッションとは違う種類の覚悟をする必要がある。人殺しになる覚悟に慣れる日は、恐らく来ないだろう。
ドアノブに手を掛ける。力加減を間違えると、ノブごと破壊することになるので慎重に。ええい、面倒だ。ノブを引きちぎった俺は、前蹴りで扉ごと吹き飛ばす。
中にいた大勢の男が俺を視認し、銃を構えてくる。そんな中で、おれはただ一人の女と目が合った。それ自体は珍しいことではない。敵と目が合ったところで、次の瞬間にそいつはこの世にいない、が。
「え……」
俺の身体は一瞬で硬直した。固まった四肢とは裏腹に、脳だけが高速で回転していた。粘度の高い空気を打ち払い、辛うじて一言だけ発することに成功した。
「美花……?」
目の前にいる、娘と同じ顔をした女は、涙を流しながら寝そべった女をナイフで滅多刺しにしていた。
「お……とうさん……?」
なんてことだ、壊れそうだった。顔と声が娘に酷似している女を前に、俺は完全に静止した。
耳に付けたインカムから流れ込んでくる黒田さんの声に、俺はなんとか意識を引き摺りだした。
『一旦戻れ、立て直そう』
「いや、やります」
とうにスクラップになった右手のハンドガンを投げ捨て、“準備”を整える。俺に浴びせられる銃弾は全て皮膚を抉っていたが、その痛みを感じている余裕はない。
「殺す」
体表面が一気に硬質化する。全身を流れる血を弾き飛ばし、皮膚組織が異常進化を遂げる。顔のパーツ一つ一つが形を変え、顎から角が伸びていく。
気が付いたときには、俺の回りにいた大勢の敵は既に肉塊になっていた。ふと、背中に懐かしい視線を感じる。3年だ。その時間は果てしなく長く、人生においては最も重要な3年間。俺はふと、異形となった自身の手を見た。この手で、娘を抱いてやることはできない。許されない。ただ、ただ一つだけ。
「……金に、困ってるなら」
「違うの」
「何が違う」
「お母さんみたいに、お父さんにずっと甘えていたくないの。でも私は……そのやり方が分からなかったから……」
胸が締め付けられた。これ以上、何も口にはできなかった。
「お父さんがこんなことしてまで私を助けてくれるなら……それは耐えられない」
逃げ出したかった。でも、それは許されなかった。俺が頼りなかったがために、娘を非道に落としてしまった。
そこへ、黒田さんから連絡が入る。
『三郎、連盟から通達が来た。一応転送する』
俺の携帯が鳴る。俺は人に戻り、携帯を開く。
〈案件No.011547については、娼婦館の職員、並びに所属娼婦の殲滅によって完遂されたものとする。現時点で把握している殲滅対象者の名簿を添付する。 以上〉
殲滅対象者
衣良俊樹、岡村悠太、木村大介、倉田慶介、小松克治、長浜福助、原大樹、平岡洋二
安藤仁海、岩崎香菜、内田佑衣、岡戸瑠梨、加藤芽衣、鍬田美香
『連盟が何だ、ヤメだヤメだ。娘連れて帰って来い』
美花が俺の携帯を覗き込んだ。
「殲滅対象だって、当たり前だよね。瑠梨ちゃん殺しちゃったし……仁海さんも、香菜っぺも」
美花は、人に戻った俺の手を取る。
「殺して。私はただの人殺し、情けは無いはず。他の全員を殺しておいて、私だけ助けようと思わないで」
『三郎、敵と守るべき味方を見誤るな。そこにいるお前の娘は、お前が守るべき女だ』
「お父さん……殺して。この人殺しを、その手で」
『三郎!』
もう一度、自分の手を見る。この手は、どちらだ。俺は、どちらになればいい。どちらとして選択すればいい。
「美花……」
決意した。たとえ誰から非難されようと、矛盾だといわれても。
俺は、ゆっくりと美花の頬を撫でた。
クワガタ戦士・ダークスタッグ クーイ @kuieleph
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