エピソード6 初雪の日に
「わあ、雪だ」
私は思わず声を上げた。
見上げるとはらはらと白いふわふわの雪が舞い降りてくる。制服のスカートを翻しながらクルリと回った私は両手を広げ降りてくる雪を受け止めようとしたけれど、手のひらに載せられるほどの雪は降っていない。
そういえば去年は雪を見なかった気がする。ガチガチに凍った道路の記憶だけをなぜか昨日のことのように思い出した。
……そっか。もしかして雪は2年ぶり?
「ママ、雪だよ!」
私はこの喜びを誰かに伝えたくて、思わず家の中にいるママを呼んでいた。
「カチャリ」と玄関が開く音がして、ママが出てきた。その後ろからトモ君がついてくる。そして二人とも小さな花束を持っていた。
「トモ君、どうしたの? ママ、なんでトモ君がいるの」
私がふたりに聞くのに、ふたりとも何も言わないで黙って私の身体を通り抜けてゆく。そして家の前にある横断歩道脇の電柱に持っていた花束をそっと立てかけた。
「トモ君、今日はわざわざありがとう。ミクもきっと喜んでるよ」
ママが小さな声で花束に手を合わせながらつぶやいた。
「もう一年になるんですよね。なんか、あっという間でした」
「ミクもトモ君と一緒に大学生になってたはずなのにね。ごめんね」
その瞬間、私は何かに引き込まれるように記憶が遡った。
……そうだ、一年前だ。
「ママ、トモ君と初詣にいってくる」
一年前、大学の合格祈願をするために初詣に行こうとしていた。彼氏のトモ君とは神社の鳥居で待ち合わせた。
「まだ雪は降っていない? 寒いから風邪をひかないようにね」
ママの言葉に「大丈夫、大丈夫」と応えて玄関前の舗道に出た。
「雪、早く降らないかなあ。大学に受かったらトモ君とスノボに行きたいな」
信号待ちをしながら私がそんなことを思って空を見上げていると、視界の端から何か大きな塊がいきなり近づいてきて、それからの記憶がない。
あの日の朝、ちょうどこんなふうに道路が凍ってたのは覚えている。スリップした車と電柱に私は挟まれたのだ。
そう、きっとあのとき私は死んだのだ。
なんで私は死んだんだろう。トモ君と大学に行くはずだったのに。トモ君とスノボに行くはずだったのに。トモ君と青春するはずだったのに。そしてトモ君と結婚するはずだったのに。
死んだ私はこの一年、ずっと雪を待っていたのかもしれない。だから今日の冷たい雪とこの場所が私の記憶だけ目を覚まさせたのだろう。
一年眠っていた私は、きっとすぐにまたこの記憶ごとこの場所からいなくなるのかもしれない。でもせめて、この初雪が積もるまでこの場所にいさせてほしい。トモ君とママの、私の記憶と一緒に寄り添いながら……。
小さな恋の短編集 西川笑里 @en-twin
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