エピソード5 遠雷

「バカっ!」


 電話の向こうに向かって、愛は思いっきり怒鳴った。

 四階のアパートの窓の遠くに稲妻が走る夜のことだ。


「俺たち、やっぱり別れようか」

 愛は、自分から別れを言いだしたことなのに、相手から言われると受け入れられない自分がいた。スマホを耳に当てて、思わず窓から下を覗く。

 彼は愛のアパートの下に立っていた。

「鍵、ポストに入れておいたから。」

「うん」

「今までありがとな」

「……うん」

 別れなんてこんなものか。受け入れようとしたその瞬間、涙が一筋流れた。

 愛は思わず立ち上がり、玄関から飛び出して階段を駆け下り、荒い息のまま道路に飛び出した。


 雨が強くなっていた。雷の音も近い。しかし、道路に彼の姿は見えなかった。

 愛は膝の力が抜けて、思わず雨の路上に座り込みたくなったその時、背中の方でチャリっと金属の音がした。


「帰ろうと思ったら、雷がな。苦手なんだ、雷」

 階段脇の郵便受けの壁に寄りかかって、鍵のリングを人差し指にかけてぐるぐると回しながら、ニヤッと笑う彼が立っていた。

 ぐちゃぐちゃに泣きながら、愛が言う。

「じゃあ、雷が行くまで上がってったら?」

 遠雷のよう不穏な空気だけが流れた雨の夜だった。

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