ソーダバー

 わたし、魚住星奈うおずみせいな。何の変哲もない女子高生。



「いやぁ、今日もあっついねぇ! 暑すぎてアツになっちゃいそう」

「アツってなんだ」



 隣でうるさいこいつ、八釣小波やつりさなみ。うるさい女子高生。

 

 

「そこはニュアンスだよワトソン君」

「星奈だ」

「セナソン君?」

「語呂が悪い……」



 ただでさえ暑い八月の折、小波さなみがいると余計に暑くなる。涼しそうな名前をしているくせに。

だけどわたしはこのうるさい女子高生とほぼいつも一緒にいる。

何故か? そう、わたしたちは、恋人だから。





***





「こう暑いとプールとか行きたくない?」

「冷房の効いた部屋にいたい」

「ごめんってばー」



 そもそも炎天下の下に身体を晒すハメになったのは小波さなみがコンビニに行きたいと言い出したからだ。

わたしの家で夏休みの課題をすると集まっておきながら、家に来るまでの道すがらに大事なものを買い忘れたとか言う。

一人で行けとわたしは言ったけれど、小波さなみがあまりにもしつこいから……。



「でも、アイス買ってあげるってったら、ついてきたのは星奈じゃん?」



…………アイスがおいしいのが悪い。



「うるさい、歩け。早く冷房の効いたコンビニに逃げ込もう」

「わーい」



 八月の住宅街は電柱にとまったセミたちの大合唱、アスファルトの照り返し、立ち込める湿気などなどのせいでむせ返る程暑い。

わたしだってできればずっと家にいたかった。

でもアイスでわたしを釣った小波さなみが悪い。わたしがアイスに逆らえないことを知っている癖に。

 ぴんぽーん、とよく聴く入退店ジングルがわたしたちを迎え入れる。その瞬間、一気に沖縄から北海道に移動したくらいに――本当はどっちも行ったことないけど――冷たい空気がわたしたちを包んで涼しくなる。天国。



「はようかってこい」

「かしこまーいぇい」



 わたしは買い物を小波さなみに任せてイートインスペースで待機。涼しいと感じた店内も、暫くいるとあんまり気にならなくなってくる。暑いと思った外も、同じように気にならなくなればいいのに。



「おまたせぇーい」



 暫くして買い物を済ませた小波さなみが嬉々としてこちらへ駆け寄ってくる。



「うん、すばらしい」

「まかせてよー」



 小波さなみから手渡されたソーダ味のアイスバーを受け取って開封する。うん、流石わたしの好みをわかっている。

外があつければあついほど、わたしは清涼感に溢れたソーダ味のアイスを好む。それはできれば大味なソーダバーであればあるほど良い。こういう時はそういう味の方が童心に帰れて余計に美味しく感じる物だとわたしは確信している。

 ぴんぽーん、とよく聴くジングルがわたしたちを送り出して再び灼熱の世界に降り立つ。でも今度はわたしたちにはそれをいとも簡単に切り抜けるためのアイテムがある。

 


「つめひゃい」



 二人でソーダバーを加えて、わたしの家までの道を行く。このソーダバーさえあれば、セミの大合唱だって高尚なオーケストラだし、アスファルトの照り返しだって真冬のコタツアイスのコタツくらいの役者だし、湿気も……いや、湿気だけはちょっとやだなぁ。



「おいしー?」

「もちろん」



 小波さなみは隣で同じソーダバーを咥えながら、ずっとわたしの顔を覗き込んでくる。こいつはわたしが甘いものを食べている顔が本当に好きだ。いつも覗かれる。恥ずかしい。



「そういえば」



 何を買い忘れていたのかと尋ねてみた。思えば、ビニール袋も何も携えていない小波さなみは何かを買ったようには見えない。


「あー、あれね。 嘘!」

「は?」

「ソーダバー食べてる星奈が見たくなっちゃったからっ」

「おまえ……」



 恨み言の何か一つでも言ってやろうと思ったが、やめた。小波さなみはいつもこの調子だし、言って治るわけでもない。そもそも、半ばそんな気はしながらも付き合ったのは自分だ。

 それでもわたしはせめて顔をしかめてみたりする。そんなわたしの顔を小波さなみは嬉しそうに覗き見る。逆効果。



「やっぱ星奈のたべてるところ、好きだなー」

「うるさいばか」

「好き」

「ばか」

「すーき!」

「ばーか!」



 …………暑いしとっとと帰ろう。

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「百合」短編集 あきふれっちゃー @akifletcher

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