パズル

 わたし、紙崎かみさきちえは高校生の頃に人生で一度だけのラブレターをしたためた。

 それは今思い返してもこっぱずかしい出来栄えのもので、安直にハートのシールで封をしていたそれは、誰がどう見てもラブレターとわかる物。中には淡いピンク色をした、柔らかい紙質の便箋が一枚入っていて、わたしはそれに文字を書き込んだんだ。

 言葉を書き過ぎたら必死過ぎて気持ち悪がられないかな? それとも言葉が少な過ぎたらわたしの気持ちが伝わらないんじゃないかな? そもそも便箋のセンスが当たり前すぎる? 黒じゃなくて色を付けたペンで書いた方がいい? 渡すタイミングは? 他に何か付けた方がいい?

 当時のわたしは、そーんなどうでもいいことで悩んで、でもそれが世界で一番重要な気がして悩みに悩んだんだ。結局、シンプルにすませちゃったけど。

 

 その頃は恋に盲目……だったと思う。

 わたしが、自分の事をだと認識したのはその恋が初めてだった。というか、その恋こそがわたしの初恋だった。幼い頃からずっと異性には恋愛的な興味はわかなくて、ただ仲良くしていた男の子と変な噂を立てられたり、あるいは突然告白されたりしてもわたしはただ断る事しかできなかった。

 恋愛の話で盛り上がる同年代の女の子たちを見て、羨ましいなぁと思ったことはあったけれど、わたし自身が誰かを好きになることはなかった。ただ単純に、わたしはそういうことに興味が疎いだけだと思っていたんだ。

 

 そんなわたしに転機が来たのは、高校に入学してから暫くしたころ。クラスで初めて仲良くなった桐谷きりやさほ。さほは明るい子で、どちらかというと少し引っ込み思案なところのあるわたしとは対照的な所はあったけれど、出席番号が連番で、席が前後だったことでよく話すようになった。

 わたしは、さほの笑顔にオトされた……んだと思う。自覚のないわたしが、はじめてさほと挨拶を交わしてあの子の笑顔を見たとき、わたしの中の世界が、探していたパズルのピースが見つかって次々に組み立てられていくみたいに急速に形を成していくような気がした。

 はじめはそれの正体がわたしにはわからなかったけれど、それにずっと気付かない程わたしは鈍感じゃなかった。ああ、わたしはこの子に恋に落ちたんだなと、じんわりと気付いた。

 もちろん、わたしは悩んだ。わたしの恋は、これまで他の女子たちに聞いてきた恋愛話と決定的にかけ離れている点があって、それはわたしの恋の相手は女の子だということだった。そういう人たちが世の中にいるのは知っていたが、わたしは自分がそれと自覚していなかったのだ。そしてわたしは自分がそれと自覚した時、それと同時に少数派であることも理解していた。

 

 でも、そんな理由だけで諦められる程わたしは諦観していなかった。恋に邁進するティーンエイジャー。好きな相手が同性だったというだけの些細なこと。来る日も来る日もさほを想い、さほと過ごした。

 席替えがあってもまた前後の席になって喜んだり、さほとお弁当のおかずが似通っているだけで幸せになったり、手先は器用だったわたしが、さほにネイルをしてあげたり。今でもさほの手の温もりは、思い出そうとする必要もないくらいだけれど、この手の感覚にある。

 さほも、わたしと過ごす時間を楽しく過ごしてくれていると思った。いつもよく笑い合っていた……というよりは、ただいつも一緒に居た。居心地がいい、そんな雰囲気。お互いがずっと黙っていても、一緒にいることが苦ではない。お互いのいる空間こそがわたしたちの居場所。少なくとも、わたしはそう思っていた。そして、さほもそうだといいなと考えていた。

 

 冒頭に戻る。だからわたしは、そこで生まれて初めてのラブレターを書きしたためた。

 言葉にすることで、崩れ去ってしまうかもしれない日常というのはわたしだって考えた。けれどそれよりもわたしは、言葉にしないことで、形にしないことでさほがわたしから離れて行ってしまう気がして、それだけは嫌だと、その思いでペンを走らせた。

 

 

 結局、そのラブレターは手渡すことができなかった。

 あろうことはそのラブレターは取り上げられ、そしてその場で開封されてしまったのだ。わたしは顔を真っ赤にした。

 

 

「あなたはわたしのパズルのピースです」

「読み上げない!!」



 ……そして今でもこうしてからかいのネタにされる。

 

 

「ポエムを送られるとは思ってなかったよ」

「……ポエムだなんて考えてなかったんだけどなぁ」

「詩的でいいと思うよ、ちえっぽい」

「でも、さほだってさぁ」



 ラブレターは手渡すことができなかった。

 さほに渡そうとして、手が滑って落としてしまったその手紙をそのままそこで読み上げられ、あまりの恥ずかしさにわたしは顔を真っ赤にして俯いていた。

 さほはラブレターをじっくりと呼んだ後、そんなわたしの頭をゆっくりと撫でてわたしの手をゆっくりと取って口を開いたのを覚えている。

 

 

「ははっ、わたしも同じことを考えてたからね」



 そう、当時彼女はわたしと全く同じような事を考えていたらしい。だから、そうやってわたしの詩的に回りくどいラブレターもすんなりと読めたのだとか。そんな偶然……いや、わたしたちの場合は必然だったのかもしれない。

 

 

「なんか話してたらでっかーいパズルとかやりたくなってきたな」

「あ、じゃあ週末買いに行く? 予定なーんにもなかったし、一晩で仕上げちゃおうよ」

「一晩か……大いにアリだな。決めた、そうしよう」

「うん、そうしよう」



 わたしの隣には、今もさほがいる。それはとっても幸せな事で、さほというピースによって完成されたように思えたわたしのパズルは、むしろさほというピースによっていつまでも完成しないくらいに大きなパズルに拡大されて、わたしをずっと楽しませてくれている。

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