第33話
その日の夜。アリアの部屋にウィリアムが訪ねてきた。
国友の暴走。その原因を伝えるために。
国友が決闘を仕掛けた理由。
それはレインとアリアの大方の予想と大差はなかった。
決闘の際に用意が必須となる書類は、国友がコネを使って用意させたらしい。ウィリアムの筆遣いを真似て、王家の印鑑を偽造。また学園側にも働きかけて、深い追求をさせないようにまでしていた。
わずかな誤差といえば国友の暴走、もとい独断の行動だったと言う点だ。彼の背後に王や上官の姿はなく。彼の巨大化した良心によって行動だったのだ。
国友が嘘をついている可能性もなくはない。
が、ウィリアムに嘘をつくことを、彼の強い良心が許しとは考えにくかった。
国友は現在、学園側に虚偽の資料を提出したとして取り調べを受けているという。したがってこの場にはいない。国友に代わって、彼の部下がウィリアムの横に控えている。
「すまなかった」
ウィリアムが頭を下げる。今日ばかりはアリアも止める気にはなれない。じっとウィリアムのつむじをじっと見つめる。
「頭を上げなさいな。殿下」
レインが頭を上げさせる。ウィリアムはゆっくりと顔を上げて、レインを見た。
「僕が早く気がついていれば、貴女に怪我を負わさずに済んだはずだ。本当に申し訳ない」
「あいつの隠し事を暴くなんて、相当なやつじゃなければ無理な話よ。殿下が気づかなくても無理はないわ。責任に思うことなんてないわよ」
「でも、そんな体にしてしまって」
「死んでないだけで御の字よ。それに、こんな怪我なんて慣れっこだから、心配しなくていいわ」
包帯の巻かれた手を掲げてみせ、レインは頬を歪める。
「それより、私に聞きたいことがあるんじゃないの」
「……ああ。国友の言っていたことは、本当なのか。その、レインさん。貴女が殺し屋ということは」
「ええ。本当よ」
緊張が張り詰める。ウィリアムの護衛は彼を背中に隠そうとする。が、ウィリアムは手で制した。
「確かに私は殺し屋。人を殺すことでおまんまを食べてる。アリアの父親にアリアを守るように頼まれて、今でおもりをしてるけど」
「たくさん、殺してきたのか」
「ええ。それが仕事ですからね」
気まずい沈黙が漂う。
「そんな顔しないでよ。別にここで
「あ、ああ。そうだな」
引きつった笑みをウィリアムは浮かべる。
「だがそれを信じてもいいのか?」
「何、殿下まで疑うの。そんなに私って信用ないかしら」
「あると思ってる方がおかしいわよ」
アリアが言う。
「あんたまでそんなこと言うの。何さ、みんなで寄ってたかっていじめてくれて。私泣いちゃうわよ。三十路女の涙なんて見たくないでしょ。私、一度泣き出すとひどいわよ」
大袈裟に顔を歪めて、レインは言う。
「こんぐらいで泣くわけないでしょ。あんたがそんなに弱いわけないもの」
「人は誰しも心の奥に弱さを隠しているの。か弱い乙女がね」
「乙女って歳でもないでしょ」
「歳は関係ないものよ。性別だって関係ない。自分が思えば、乙女は乙女なの」
「ほんと似合わないわね。そのセリフ」
レインとアリアは顔を見合わせ、微笑み合う。
そんな二人を見て、ウィリアムは目を見開く。
が、すぐに二人と同じように唇を歪めた。
「どうやら、心配はしなくていいみたいだね」
「自分が殺されるんじゃないかって思ったの」
「正直にいえばね」
ウィリアムは肩をすくめる。
「でも君たちを見ていて、考えを改めたよ」
ふぅ。一つ息をつくと、ウィリアムは真っ直ぐにレインを見つめた。
「僕は貴女の言葉を信じるよ。レインさん」
「そう。それはよかった」
「僕にできることがあれば、なんでも言ってくれ。お詫びと言ってはあれだが、貴女の頼みをできるだけ叶えよう」
「そう。それじゃお言葉に甘えて、一ついいかしら」
「何だい」
「今日台無しになったデート。もう一度やり直してもらえないかしら」
ウィリアムはきょとんとした。
「ちょっと何言ってんの」
アリアが言う。
「いいじゃない。なんでも言ってくれって殿下も言っているんだから」
「それとこれとは話は別でしょ。別に、あんたが言わなくても……」
「はいはい。わかったわかった」
レインはアリアの口を塞ぐ。
「で、どうかしら。お願い、聞いてくれる?」
「ああ。わかった。今度の休みにでも、また街に出よう」
ウィリアムはアリアを見る。アリアはどきりとして、すぐに顔を背ける。
「よかった。じゃ、この子のことお願いね」
レインは嬉しそうに頬を歪めた。
ウィリアムも同じように笑う。
ただアリアだけは、素直に喜ぶことができない。
場に合わせるように、不格好な笑みを浮かべていた。
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