第31話

 ウィリアムはアリアの話を聞くと、すぐさま付き人に命令。急ぎ学園への帰路についた。


「大丈夫だ。レインさんならきっと無事だとも」


 ウィリアムはアリアの背中を撫でてやる。だが彼女の顔色は晴れないまま。落ち着かない様子でうなだれている。


「しかし、どうして国友がそんな真似を。レインさんは普通の使用人じゃないか」


「何か、二人の間にあったんだと思います。私たちの知らない、何かが」


「それは決闘をするようなことなのか」


「……たぶん」


 ウィリアムは信じられないような顔をする。


「君は、何か知っているのか?」


「いいえ。私は何も」


「そうか」


 会話が途切れ重苦しい沈黙が車内に漂う。

 行きはあれほど楽しかったのに。帰りは楽しいのカケラも残っていない。不安と緊張が二人の口を閉ざす。


 だが沈黙してくれた方がアリアは好都合だ。余計な言葉に悩まされず、思考に時間をかけることができる。


 国友がレインと戦うことを選んだ理由。考えられる理由を多くなく、おそらく一つに絞られる。


 レインの仕事。マフィアの殺し屋ということが、国友に知れてしまったのではないか。

 ウィリアムを守るため。あるいは学園で仕事を行わせないために。決闘という形でレインを始末しようとした。


 こう考えれば一応の説明はつく。しかしそれでも説明できないことがある。


 決闘には主人のどちらかの認可が必要だ。アリアは認可をした覚えはない。となれば、ウィリアムが国友に決闘の認可をおろしたのだろうか。


「殿下は、国友の決闘についてご存知のことはないのですか」


「何も。君から話を聞いて、初めて知ったんだ」


 嘘をついている様子は無かった。両手を組み合わせ、手のシワを揉み合わせる。


 となれば、国友の独断か。もしくは国友の上にいる、例えばウィリアムの父や、上司と言った人間から指示があったのかもしれない。


 そうでなければ、こんな大胆な試みをするわけがない。……はずだ。


「とにかく急いで向かってください。レインが、もしくは国友さんに何かがある前に」


 アリアの言葉に運転手の男がアクセルを踏んだ。



 

 学園へ到着すると、すぐに2人は闘技場へと向かう。

 玄関をくぐって中に入る。薄暗い廊下を進むと、両開きのドアが見えてくる。


 ドアの両脇には男が二人立っている。

 頭からすっぽりとフードをかぶっていて、人相ははっきりとしない。


「ここを開けて」


「なりません。ただいま、決闘の真っ最中でございます」 

「決闘が終わるまで、ここを開けるわけにはいきません」


 男たちは口を揃えて言う。


「この決闘は無効だ。私たちは彼らに許可を与えた覚えはない」


 二人の男は互いに顔を合わせる。


「ここを開けろ。早く」


「かしこまりました」


 男たちはドアノブを掴み、扉を開く。


「行こう」


 ウィリアムはアリアの手を引いて、闘技場へと足を踏み入れた。

 眩いばかりの照明。照明に照らされる闘技場には二人の男女がいた。

 一人は国友。一人はレイン。彼らは向かい合ったまま、動きを止めている。


「国友……」


 ウィリアムが声を出そうとした。だが、途中で言葉が詰まった。

 二人の間に流れる赤いもの。血だ。

 とめどなく流れ出し、地面に染み込んでいく。


「国友……! お前」


 国友の顔がゆっくりと、ウィリアムに向けられる。


「殿下。どうしてここに」


 国友の顔に初めて動揺が現れる。


「レイン……!」


 アリアがレインの名前を呼ぶ。

 ウィリアムの手を離し、彼女がレインの元へと駆け出した。


「あら、お早いお帰りね」


 レインは、アリアに顔を向けた。


「大丈夫、なの」


「大丈夫とは言えないけど、一応生きちゃいるわ」


 レインが振り返る。アリアは息を飲んだ。

 彼女の左手の掌から肩にかけて。刀が貫いている。

 肩から突き出た切っ先は赤く染まり、先端には肉の断片がこびりついていた。


「ちょっと、情けない声出していいかしら」


「え、ええ。別にいいけど」


「ありがと」


 レインは刀に貫かれた腕を支え、腹いっぱいに空気を吸う。


「痛ッたいな、もう……!」


 肩口を押さえて、腹にためた空気を怒声とともい一気に吐きだす。


「冗談じゃないわよ。本当に。どうして私がこんなことしなくちゃなんないのよ。ああ、本当ムカつく。本当無駄な怪我。ふざけんじゃないわよ」


「ほ、ほんと大丈夫」


「大丈夫じゃないって言ってんでしょ。ああもう、これで腕が使い物にならなかったら。殿下に責任とってもらうから」


「あ、ああ。もちろん」


「その言葉。よく覚えておいて」


 レインがウィリアムを睨みつける。ウィリアムは気圧されながら、頷いた。

 レインは刀の柄を握る。思い切り息を吸って、歯を食いしばる。


「フン……!」


 気合と共に息を吐く。そして一気に、刀を腕から抜いて見せた。

 地面に血が飛び散り、細い血の線が描かれる。


「……ダハァ」


 涙目になりながら、襲ってくる痛みに耐えるレイン。アリアが肩を貸そうとすると、それを手で払い退けた。


「後のことは殿下に任せるわ。私は、医務室行ってくる」


 作り笑いを浮かべながら、レインは闘技場を後にした。

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