第30話

 ナイフと刀のつばぜり合い。何度となく打ち込み、何度となく防ぐ。

 国友が攻めればレインが守り。レインが攻めれば国友が守る。

 頻繁に行われる攻守の交代。めまぐるしく移り変わる戦況。


 レインが刀を弾き、国友の懐に入る。

 国友の襟首を掴み引き寄せる。

 背中を国友の胴に当てて、一息に体を投げる。

 したたかに地面に叩きつけられる国友。

 顔は苦悶に歪む。


 振り下ろされるナイフを転がり避け、二人の間に距離ができた。


「ねぇ。そろそろ休憩しない。私もう疲れちゃった」


 首を右へ左へと傾けながら、レインは言う。


「ふざけたことをぬかすな」


 国友は取り合わない。


「ふざけちゃいないっての。ああ、もう面倒臭い」


 レインは髪をかきむしる。どうにもならない感情。持て余した末にそれを自分の指に。そして髪にぶつける。


「あんた融通が効かないって言われるでしょ。言われなくても、絶対腹の中じゃ思われてるわよ」


 ため息まじりに言葉を吐き出す。


「決闘に休んじゃいけないなんてルールはないんだから、なけなしの融通をどうにか効かせなさいよ。この馬鹿」


「どうしてお前の言うことを聞かねばならん」


「こっちはアンタの言うことを聞いてやってんじゃないの。ああもう、本当イライラする」


 レインがそう言っている内に、国友走る。


「こいつ、ほんと……」


 融通が効かない。 


 下段からくる一撃をナイフで受け止める。

 レインはすかさず反転し、肘を国友の頬にめがけて放つ。

 国友は頭を低くしてこれを避け、すぐに刀を翻す。

 狙うはレインのあばら。逆袈裟に一気に切りつける。


 レインはとっさに背後に飛び退いた。ジャケットとシャツが切り裂かれる。


「ああ、もう。せっかくの一張羅が」


 レインがため息をこぼす。

 それも束の間。国友が距離を詰めてくる。


 一度、二度、三度。


 付かず離れず。右へ左へ。上に下に。

 方向を変え速度を変え。国友は執拗にレインを追い立てる。

 レインは懸命に攻撃をいなし、かわし、防ぐ。防ぐ。


 腕を一つ潰してあるにもかかわらず、国友の攻撃は一向に鈍らない。

 それどころか、使い物にならない腕を盾にしてまで、攻撃を続ける。


 ウィリアムのため。

 皇太子の身の安全を保つため。

 ただその一心において国友は刀を振りつづける。


 ウィリアムへの過保護とも思える忠心ぶり。

 国友のその姿勢にはレインは舌を巻くより他にない。


 きっとレインが歯牙にも掛けない使用人だったら。

 もしくは堅気の人間だったら。

 そんな国友に対して敬意を払っていたことだろう。


 だが、当事者になって見ればこんなに面倒くさい人間もいない。

 自分の信念を信じすぎ、他人にそれを押し付けてくる。


 前科が山ほどあるにしろ。

 殺し屋という肩書をもっている以上、信用が地のそこに落ちているにしろ。

 もう少しこちらの意思を汲んでもいいのではないか。


 レインはナイフを振りながら、そう思って止まなかった。


 避けて防いでを繰り返しても、傷は増えていく。

 頬に腹に腕に足に。

 スーツの至る所が切れて、レインの生肌に傷がつく。

 滲み出る赤がシャツを濡らし、白を染めていく。


 ナイフで刀を受け止める。

 レインは足元の土を、国友の顔目掛けて蹴り上げる。

 

 土煙と共に小さな砂利が国友の顔を襲う。

 一瞬の隙。これを逃すわけにはいかない。

 

 レインは勢いをつけて国友の顎を蹴り抜く。

 上に向いた顔。タタラをふむ足元。

 これで意識を失ってくれればいいが、国友はなかなかに頑丈だ。

 数歩退いたくらいで、すぐに体勢を立て直す。


 間髪入れず、国友の太もも、腕、方にナイフを突き立て肉をえぐる。

 傷口からドっと血が溢れ、国友の顔が痛みに歪む。


 たまらず膝を崩す国友。

 止めとばかりに、レインは国友の側頭部を狙って蹴りを放つ。

 硬いスネが頭部にめり込む。

 

 ぐらりと揺れる国友の顔。


 ゆっくりと崩れていく国友の身体。

 地面は彼の体を受け止める。


「これで、終わりかしら」


 ふぅ。

 レインは息を吐く。

 長かった戦いも、ようやくひと段落。もう一戦交えるにしろ、このまま寝ていてもらった方が好都合だ。


「ねぇ水持ってきてくれない。私、喉乾いちゃった」


 ローブの男は頷いて、そそくさと会場を出て行く。

 小さな背中が見えなくなると、レインは国友の方に振り返る。

 視界の端に煌く何か。

 レインは反射的にナイフを構えて、受け止める。


 国友が起き上がっていた。

 

「うっそ。気絶してないの」


 レインは目を見開いた。

 驚く暇もない。国友はぬるりとレインの懐に入ると、再び斬りつけてくる。

 

 またナイフで受け流そう。

 レインはナイフを構えた。

 これまでよりも強烈な一撃。

 ナイフに大きなヒビが入った


 まずい。レインはとっさに後方へと飛び退く。

 その直後、刀を受け止めていたナイフが折れた。


 ナイフの刃がくるくると回転し、下に落ちる。

 レインの手元には、刃を失った柄だけが残った。


「やっば……」


 そう思ったのも束の間。国友がすぐにレインに襲いかかってくる。

 避ける間もない。レインの心臓を狙って、国友が突きを放った。

 

 赤い血が刀を伝って地面に落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る