第27話

 翌日 午前8時12分。

 身支度を整えたアリアは、レインを連れて部屋を出る。


 ジーンズに白いシャツ。

 シャツの上から緑色のロングシャツ。

 足元は茶色のヒールサンダルでまとめた。

 

 悩みに悩み、服装にいろいろと迷った結果。

 普段から着慣れた格好で行くことにした。


 アリアの片手にはオレンジジュース。

 昨夜レインが自販機で買っていたものだ。

 緊張で乾いた喉をジュースで潤しながら、アリアは廊下を進む。


 寮を出た後、橋の前にある駐車場へと急ぐ。

 そこでウィリアムと待ち合わせている。

 約束の時間にはまだ30分ほど余裕があった。

 待つつもりで早めに出たのだが、意外にも駐車場にはすでに人の姿があった。


 付き人らしきスーツの男女。

 2人に挟まれるように、ウィリアムが立っている。


 ロング丈のカットソーシャツ、薄茶色のニットセーター。

 黒のチノパン。靴は茶色のホールブーツ。

 カジュアルな服装の皇太子は、なんとなく新鮮に写った。


「お待たせしてしまいましたか」


 アリアが早足でウィリアムの元に向かう。


「急がなくたっていいさ。まだ時間にはなっていないよ」


 ウィリアムは言う。

 だが皇太子殿下を待たせたとあっては、アリアも心苦しい。

 彼の言葉で安堵することはできない。


「申し訳ありません。もっと早くくるべきでした」


 アリアは頭を下げる。


「そんなに気を使わないでくれ。僕も今来たところなんだから」


 ウィリアムは苦笑をして、頬をかいた。


「殿下が困ってるでしょ。さっさと頭を上げなさいよ」


 レインがため息混じりに言う。


「殿下をお待たせしたのよ。それを謝らないでどうするの」


「あんたはいちいち堅苦しすぎるのよ。殿下も気にしてないって言ってるでしょ。ねぇ、殿下」


「ああ。気にしてないさ」


 ウィリアムはレインに同意する形で言った。


「でも……」


 アリアは頭を上げるが、いまだ不服そうにしている。


「子供は子供らしく、期待に胸を膨らませてればいいのよ。余計な気遣いなんかしなくていいから」


「子供らしくって。そんな幼くはないわよ」


「16のガキが何を言うんだか」


 レインは肩をすくめて、ウィリアムの顔を見る。


「昨日夜から本当に楽しみにしてたのよ。念入りに髪をセットしたり、香水を選んだり。もう、トキメキ溢れて止まらないみたいな感じでさ。本人は仏頂面をしてるけど、心ん中じゃ飛び跳ねて……」


「あんたは、黙ってて」


 アリアはレインの口をわし掴む。

 眼光を鋭くさせてはいるが、赤くなった顔では、あまり怖くはなかった。


「そうだったのか」


 ウィリアムは微笑ましげに、アリアを見つめた。


「少し早いが、もう行こうか」


 ウィリアムは付き人の男女に目配せをする。

 すると、二人は車に乗り込み、エンジンをかけた。

 唸りを上げる車体。排気管から吐き出される息吹。

 出発の準備は万事整った。

 後は、アリアとウィリアムが乗り込むのを待つばかり。


「早く乗っちゃいなさいな」


 レインがアリアの背中を押す。

 赤くなった顔に緊張が走る。


「行こうか」


 ウィリアムがアリアの手を取る。

 アリアは目を見開いたけれど、静かに手を握り返す。


 レインは車体のドアを開ける。

 ウィリアムとアリアが乗り込むと、静かにドアをしめた。


「楽しんでらっしゃい。心ゆくまでね」


「あんたは、行かないの?」


「ええ。ちょっとばかり野暮用が出来ちゃってね。でも心配しないで、アンタが帰ってくる頃までには、片付いていると思うから」


 アリアは少し寂しそうは表情を見せる。


「そんなしおらしい顔をしないでよ」


 レインはアリアの頭をわし掴む。ガシガシと髪をかきむしる。


「アンタは、楽しんでくればいいの。余計な心配はしなくて結構。せっかくのお出かけなんだからさ」


「分かってるわよ」


「なら、そんな顔しないで笑ってなさいな。そうでなくてもいつも仏頂面なんだから」


 両手でアリアの顔をつまみ、頬を歪ませる。


ひひゃいいたいひひゃいっへいたいって


「笑うこと、いいわね」


ははっははほわかったわよ


「それでいいの」


 レインはアリアの顔から手を離す。

 運転席の男に合図をして、窓を締めさせる。


「殿下。その子のこと、頼むわね」


 ウィリアムは頷いた。

 車がゆっくりと走り出す。

 橋の向こうへと車が消えていく。


 それを見送ると、レインは一人校舎に向かって進み始めた。

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