第26話

・決闘:使用人の主人の合意。または決闘を行う主人同士の合意があった場合のみ、執り行うことができる。

・決闘の際は立ち合い人を立て、そのものの審判によって進行する。

・銃火器等の使用は禁止。

・近接武器による戦闘のみに制限。

・使用人の死によって決着とし、勝者には敗者使用人の主人の生殺与奪の権限が与えられる。


・使用人のどちらか、または双方が決闘を無断で放棄した場合、指輪の毒針が発動し、使用人を死にたらしめる。

・その場合、双方の主人は学園の管理下に置かれ、次の使用人が選ばれるまで保護の対象となる。

・もし見つからなかった場合、退学の手続きを取ることとなる




 命を狙われるのは、初めてのことじゃない。

 殺し屋という稼業に身を置いている以上、恨みを買うことも命を狙われることも多々ある。

 しかし、ここまで公然と宣言されることは初めてだった。


 決闘。

 その文言を校則の中に見つけた時、レインの頬は自然と緩んでいた。


「よくもまあ、探し出したこと」


 校則の資料を閉じて、引き出しにしまう。

 午後10時25分。アリアは今シャワーを浴びている。


 レインはベッドに座って、はめられた指を見た。

 黒い塗装がされた、金属製の指輪。

 表面を見ただけでは、どこにでもある普通の指輪だ。

 とても毒針が仕込んであるとは思えない。

 仕込んであったとしたら、笑える話ではない。


 レインはクローゼットからコートを取り出す。

 それを着込むと、彼女は脱衣所の前に立った。


「ちょっと、外に出てくるわね」


「こんな時間に?」


「夜の散歩ってやつよ。部屋の鍵は閉めておくこと。私以外のやつは、絶対入れないこと。いいわね」


「わかってるわ。でも早めに帰ってきてよ。一応心配だからさ」


「あら、心配してくれるの」


「一応って言ってるじゃない。ああ、帰ってくる時自販機で何か買ってきてよ。明日の朝にでも飲むからさ」


「はいはい。適当でいいわね」


「あなたのセンスでいいわ」


「難しいご注文だこと」


 コートの襟を立てて、レインは外に出る。

 寮を出て、夜の歩道を進んでいく。


 歩くこと15分。

 向かう先には、ウィリアムと国友の寮がある。

 3階建の横に長い建物。アリアの寮とそこまで変わらない形だ。

 しかし防犯はこちらの方がしっかりとしている。


 玄関には監視カメラが2台。

 暗証番号が必要らしく。自動ドアの前には入力装置が設置されている。


 一見しただけでも簡単に入れそうにはない。


 建物を見れば、2階の一部屋に明かりが付いている。

 カーテンの影に女子のシルエットが映る。


 まだ誰かが起きているらしい。

 ちょうどいい。あそこを使わせてもらおう。

 そう思うと、レインは排水用のパイプを伝って2階へと登る。

 ベランダを伝って灯りのついた部屋へといくと窓を二、三度叩く。


 影がピタリと動きを止めた。

 同居人の使用人か。もう1つの影が窓の近くにやってくる。


 カーテンが開かれ、レインと護衛の目があった。

 女の護衛だ。

 短い金髪に、頬に蜥蜴の刺青が入っている。

 幸い、アリアのクラスメイトの使用人だった。


「こんばんは。ごめんなさいね、こんな夜分に尋ねちゃって」


「何の用でしょうか」


 顔見知りなことは分かったが、それでも警戒を解くには至らない。


「ちょっと殿下に用があってね。うちの子のことでちょっと相談に乗ってほしくって」


「うちの子とは、アリアさんのことで」


「そっ。殿下と仲良くさせてもらってるんだけど、ここのところ思い悩んでいるみたいで。そこのところ殿下が何か知らないかって、聞きたかったの」


「それで、わざわざこんな真似を?」


「ええ、玄関から入れば良かったんだけど、暗証番号が必要なんて知らなくてね。起きててくれて本当によかった」


「電話の一本でも入れればよかったのでは?」


「殿下の番号なんて知らないわよ」


 いまだに疑念が拭えないようだが、女はため息を付いて、横に退いた。


「殿下の部屋は三階です。西側の角部屋になります」


「ありがとう。恩に切るわ」


 レインは部屋に入る。

 ベッドと棚を埋め尽くすばかりの人形たち。

 アリアと打って変わり、実に女子らしい部屋だ。


「邪魔してごめんね。すぐに出ていくから」


 主人の女子に挨拶をして、すぐにその部屋を出る。

 それから、案内された通り、三階西の角部屋へと向かった。


 夜遅くだからか、生徒の使用人も出歩いていない。

 しんと静まり返った廊下。そこにレインのブーツの音だけが響く。


 10分とかからずに西の角部屋へとやってきた。


 耳を当ててみる。

 物音一つ聞こえない。

 外から見た限りだと、明かりはついていなかった。

 どうやら寝ているらしい。


 レインはポケットからナイフを取り出す。

 食堂からくすねてきたものだ。

 肉を切るのは難しいが、喉に刺すぐらいはこれで充分だ。


 ドアノブをつかんでみる。

 鍵は締められている。

 と思いきや、するりと回った。

 留め金が外れ、ドアはゆっくりと開く。


 嫌な予感がした。

 レインは静かにドアを開き、中を覗く。

 分厚いカーテンが締められた窓。

 人気がない。

 寝息も生活音も、何も聞こえない。

 小さな明かりが、無人のベッドを照らしている。


「……なるほどね」


 レインはドアを開きちゅうちょなく部屋に入っていく。

 光源はテーブルランプの灯だった。


『今日は別のところで休んでいる。ご苦労だった』


 テーブルランプの下に置いてあった書き置き。

 そこには国友の文字でそう書かれていた。


「やられたわね」


 レインはその紙を取ると、片手に握り潰した。

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