三章
第25話
喫茶室での出会いから、シェリーとアリアは時々話すようになった。
顔を合わせたり、廊下ですれ違う度。
互いに声をかけたり、挨拶をしたりする。
昼時にもなれば、2人で一緒に食事をとることもしばしば。
その度にビルとも顔を合わせる羽目になるのは、レインの悩みどころであったが。
アリアの変化を何より喜んだのは、ウィリアムだ。
彼女が楽しそうに笑っているのを、遠目から楽しそうに眺めている。
中に入ればいいのに。
レインはそう言っては見たのだが、ウィリアムは首を縦には降らなかった。
いくら打ち解けたとはいえ、アリアの他人行儀は相変わらず。
言葉も敬語で、態度もどこか遠慮がちだった。
が、シェリーと話すときは別だ。
気楽に気兼ねなく、彼女も滑らかに口を動かしている。
「あんな楽しげな彼女を、邪魔するわけにはいかない」
ウィリアムはそう言って、どこか寂しげに、二人の様子を遠くから眺めていた。
そんなある日のこと。
ウィリアムはアリアを誘って、外に出ようと言ってきた。
街の近くに、サーカスがやってきたらしい。
これが世間では実に評判がいいから、是非とも見に行ってみよう。
こういうわけだ。
せっかくのウィリアムの誘い。
それにその日は何の予定もない。
アリアは少し迷いながらも、受け入れることにした。
チケットを渡され、朝に迎えにくる。
とウィリアムはそう言って、去っていった。
アリアはそのチケットを引き出しにしまう。
折れないように注意をしながら。慎重に。
レインももちろんついていこうと思っていた。
それが仕事であるし、2人がどこまで進展するのか。
見届けておく必要がある。
それに、国友も一緒に来るだろうから、警備も少しは楽にできるはずだ。
約束の日を明日に控えたある日。
授業を終えたアリアとレインは、いつものように寮へと引き上げようとしていた。
「待て」
振り向いて見ると、国友が立っていた。
「何よ。アンタが声をかけてくるなんて」
「お前にようがある。付き合え」
「ここで言えばいいじゃない」
「お嬢さんの前でする話じゃない」
アリアが邪魔だと言いたいらしい。
レインはため息をついて、アリアを見た。
「ごめん。先に戻っててくれる」
「いいけど、大丈夫」
「ええ。死ぬようなことにはならないと思うから。……護衛は付けてくれるんでしょうね」
「もちろんだ。玄関に一人、待機させている」
「仕事が早いのね。……だそうだから、安心して戻ってなさい」
「わかった」
アリアはレインの元から離れ、階段を降りていく。
彼女を見送ると、レインはまた国友を見た。
「用って何……」
そう言いかけたが、国友の姿がないことに気づく。
嫌な気配を感じて足元を見た瞬間。
木刀の先端が目に入った。
アゴを上に向ける。
皮一枚、すんでのところで一撃を避けた。
続け様に木刀が振り下ろされる。
レインは両手を重ねて一撃を受け止める。
たたらをふんで背後へと下がるが、それでも攻撃はしつこくついてきた。
木刀の一撃を受けるたびに、腕に痺れるような痛みが走る。
歯を食いしばって痛みに耐えるが、それを上回るように、攻撃が続く。
攻撃を受ける事ばかり注意が向き、下の方に注意が回らない。
そこをつかれ、木刀によって足元を救われる。
一瞬の浮遊間。
体が宙に浮いて、したたかに背中を床に打ち付ける。
鳩尾に落とされる木刀。
もろに受けたレインは息がつまり、唾液が口から吐き出した。
「こうでもしなければ、お前は言うことを聞かないと思ってな」
国友がレインに馬乗りになる。
レインはうらみったらしく睨みつける。
国友はポケットに手を突っ込み、何かを取り出す。
それは、指輪だ。裏面には針のような部品が付いている。
レインが暴れるより先に、国友はレインの指を取り、指輪をはめた。
「これでいい」
国友はすぐに立ち上がって距離を取る。
レインはゆらりと立ち上がって、国友を見る。
その目には、ありありと殺意を滾らせた。
「何のつもりよ」
「お前に決闘を申し込む」
「何よそれ」
「学園の規則だ。護衛同士が戦い、生き残った方が、死んだ護衛の主人の生殺与奪の権利を得る」
「物騒な規則ね」
レインは咳き込みながら、鳩尾を撫でる。
「その指輪は決闘を行う両者に付けられるものだ。もしどちらかが逃げたりすれば、首輪に仕込まれた毒針が、双方の命を奪う」
見れば、国友の指にも同じ指輪がはめられている。
「決闘によってどちらかが死ねば、この指輪はとれる」
「勝手な真似を」
「不安材料を取り除くためだ。殿下の命は何者にも勝る。決闘は明日。殿下とお嬢さんが出かけてから行う。場所は学園の闘技場だ。遅れずに来い」
国友はレインに背中を向けて、その場を立ち去っていく。
「私が勝ったら、殿下は私が世話をしなくちゃならなくなるけど。それでもいいの」
レインが言う。
「その可能性はない。明日は俺が、貴様を殺す」
淡々と。当然のことのように。国友はそう言って去っていった。
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