第24話

「アンタもこれ好きなんだ」


「うん。よく使ってる」


「どの匂いがいい」


「私はこっちかな」


「へぇ、いい趣味してるじゃない」


 何やら楽しげな声が聞こえる。

 レインは声の方を見る。

 対面に座ったアリアとシェリーが、楽しげに談笑していた。


 何だか邪魔するのも悪い。

 視界に入らないように注意しながら、レインは二人の会話に耳を傾ける。


 どうやら香水のことについて話をしているらしい。

 ハーブ系の香りはいい。

 しつこい香りは嫌いだ。

 いやいや、こういう匂いはまだいいかもしれない。


 互いの好み、鼻の趣向。消臭。香りづけ。

 香水という話題から、話がどんどんと広がっていく。


 香水でひと段落すれば、今度は雑貨に関する話題に変わった。

 こんな路地にある店を知っているくらいだ。

 お互い雑貨に関して一定の知識がある。

 そんな二人だからこそ、話は尽きず、花開いていく。


 アリアは笑っていた。

 ウィリアムと話す時以外に、彼女が笑うことはほぼない。

 それなのに、彼女は今笑っている。

 楽しそうに。幸せそうに。

 互いに笑い合ってひと段落。

 その頃を見計らって、レインが二人の元へ行った。


「楽しそうに話しているじゃない」


「ええ。まあ」


 アリアは微笑んだが、シェリーは緊張した。

 緩んだ顔を引き締めて、レインを見上げる。


「仲良くしてくれたみたいね。ありがと」


「別に、感謝される覚えはない」


 プイッ、とジェシーは顔を背ける。

 気恥ずかしかったのか、頬が少し赤くなっていた。


「そんなにしなくてもいいじゃない。今じゃ敵対する関係でもないんだから」


「敵対?」


「……あら、話してなかったの」


「聞かれなかったから、話さなかっただけ」


 シェリーは腕を組む。


「ねぇ、何の話」


「シェリー嬢のとこの組織とレオンの組織はね。昔、喧嘩をしあう間柄だったの」


「喧嘩?」


「そう。抗争って言った方が早いかしらね。お互い派手に暴れてね。潰し潰され、脅し脅され。眠る暇もないほど、飽きることなく戦ってたの」


「あんたも、その中にいたの」


「まあね。レオンの命を守らなくちゃならなかったから」


「お前のせいで何人が死んだと思ってるわけ」


 シェリーが睨みつける。


「それはお互いさまでしょう」


 レインがそう言うと、シェリーは鼻を鳴らした。


「でも、今はそうでもないんでしょ。マフィアは今じゃ、国を守る猟犬になったって聞いたわ。貴女んとこも、そうなんじゃないの」


「まあ……そうだけど」


 シェリーは歯切れが悪そうに言う。


「そうなんだ」


 意外そうにアリアが言う。


「でも、あんたを許したわけじゃないから」

 

 シェリーがきっと、レインを睨みつける。


「ええ。別にいいわよ。許されるようなヤワなことはしてないもの」


 レインは頬を歪めて答える。


「でも、せっかくだから、この子とは仲良くしてやってよ」


 レインがアリアの頭をわし掴む。

 アリアは迷惑そうにレインが見上げるが、構いはしなかった。


「ビルが調べたって言ってたから、知ってるとは思うけど。この子はレオンの血を引いているだけで、組織とはなんら関係ないの。だから貴女と私の間にある因縁とも、一切関係がない」


「……ええ。そうみたいね」


 シェリーがアリアを見る。


「この子って頭はいいんだけど、人間関係は全くの無能でね。友達を作るのが本当に下手くそなのよ。もう、見てらんないの。これが」


 レインが頭を抱える。

 余計なお世話だ。

 アリアはそう言いたげに、レインをじろと睨みつける。


「私と殿下に話す以外、滅多に口を利きゃぁしないのよ。こんなに楽しそうの話しているの、初めてみるんだから」


「余計なお世話よ」


 シェリーは口を尖らせ、不満そうにレインを見つめる。


「だからさ、ここで会ったのも何かの縁だし。これからもこの子と仲良くしてやって」


「そんなの迷惑よ」


「どうせ生きてりゃ迷惑はかけるものよ。一つや二つわざと迷惑かけたって、別にどうってことないでしょ」


「都合も聞かないで押し付けるのは、どうかと思うけど」


「あんたは気遣いが過ぎるのよ。そんなに相手を気にかけたって、疲れるだけじゃない」


「私はあんたほど無神経じゃないだけよ」


「言うじゃない。私、傷ついちゃったわ」


「柄にもないこと言わないでよ。私の言葉で傷つくわけないじゃない」


「あら、バレちゃった」


「はぁ……」


 アリアはため息をつきながら、ふと立ち上がる。


「どこ行くの」


「トイレ」


「あっそう。じゃ、私も行こうかしら」


「ついてこなくてもいいわよ」


「何を恥ずかしがってんの? 男についてこられるわけじゃないんだから」


「そう言うことじゃなくてさ」


「ほら、さっさと行きましょ」


「もう……」


 アリアの背中を叩いて、先を促す。

 アリアはため息をつきながら、トイレに向かって歩いていく。

 彼女の背中が離れた頃を見計らって、レインはシェリーの耳元に口を近づけた。


「大丈夫、あの子に襲撃をかけたこと。バラしゃしないわ」


 シェリーの目が開かれる。


「あの子があんなに楽しそうに笑うのって、本当に貴重なのよ。学園で暮らしている間だけでもいいから、あの子と仲良くしてあげて。お願いね」


 レインはシェリーの肩を叩く。

 シェリーは、戸惑いながら二人の後を目で追った。

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