第23話
ロマの雑貨店の二階。
4つのテーブル席がある小さな喫茶室。
店主はキリ。ロマの娘だ。
黒い肌、母親譲りの赤毛にパーマが当てられている。
レインとビルはコーヒーを。
アリアとシェリーはケーキと紅茶を注文する。
キリは注文を受けて奥のカウンターへ戻る。
「今日は買い物でこちらに」
口を開いたのはビルだ。彼の顔をアリアに向いている。
「ええ。まあ」
アリアは歯切れ悪く返事をする。
「ああ、これは失礼しました。私、ビル・パーカーソンと申します。こちらのシャリー・レイの使用人をしております。何度か、学園で顔を合わせておりましたから、つい自己紹介を忘れていました」
ビルは笑う。
しかし他の3人はくすりともしない。
ビルはばつが悪そうに頭をかいた。
「はい、お待ちどう」
キリがやってきた。
飲み物が4つ、コーヒーと紅茶。
シェリーとアリアの前には、さらにケーキを置いていく。
チーズケーキとブルーベリーのケーキ。
薄過ぎず甘過ぎず。
優しい舌触りのケーキは、紅茶とよくあった。
会話のない食事の時間。
それは退屈で無駄な時間。
少なくともレインはそう思っていた。
親交を深めようと言う割には、あれから何も喋ろうとはしない。
「タバコ、吸ってくるわね」
レインが立ち上がる。
「私もご一緒しましょう」
ビルが言う。
なるほど。この機会を待っていたらしい。
レインはちらとビルの顔を見る。
すると、ビルは意味ありげな微笑みを浮かべた。
「喫煙所は?」
キリに尋ねると、喫茶室の奥を指差した。
喫茶室の奥にはベランダがある。
ガラス戸を挟んだ向こう側。
木製のデッキに椅子が2つ。自立式の灰皿が2つ置いてある。
「すぐ戻りますから、お二人でお話しくださいませ」
ビルがシェリーに言う。
シェリーは面倒臭そうな顔をしたが、仕方なくうなずいた。
ガラス戸を引いて、外に出る。
椅子に座ってタバコをふかす。
「ようやく、話ができますな」
ビルはアリアの隣に腰掛ける。
「かの死神とこうして顔を合わせることができるとは、人生何があるかわかりませんな」
「へぇ、私のこと知っているんだ」
「もちろん。貴女は有名人ですからね。私たちの界隈で知らないものはおりませんよ」
ビルが口に加えたのは葉巻。
ライターであぶり、濃い煙を口から吐き出す。
「私もボスも、貴女にはよく手を焼かされました。取引を台無しにされたり、大事な金庫番を殺されたり。そうそう、ボスの友人がまんまと殺されたこともありました。思い返しただけでも、まあ手ひどくやられました」
「懐かしいわね。うちとそっちが真っ向から喧嘩してた頃じゃない」
「ええ。もう10年以上も前のことです。毎日毎日、血で血を洗うような抗争をやっておりました。ああ、本当に懐かしい。今では全く考えられない」
「夜襲を仕掛けてきた奴の言い草じゃないわね」
「あれは申し訳なかった。私は止めたのですが、お嬢がどうしてもと申されまして。私も仕方なく」
「人ごとみたいに言っちゃって」
「ですから、こうして謝罪の機会を頂いたのですよ。はい」
ビルが葉巻をふかす。
「それだけってわけじゃないでしょ?」
紫煙を吐き出し、レインはビルを睨む。
「ええ。もちろん」
ビルは笑みを浮かべる。
「あの娘は、獅子公と農婦の子だそうですね」
獅子公。レオンの異名だ。
「調べたの」
「ええ。一通りは。農婦の家へ熱心に入り浸り、
葉巻を灰皿に押しつけ、消す。
「まあ獅子公の女性関係を暴いたところで仕方がない。これは話の枕。別にたいしたものではありません」
背もたれから体を起こし、ビルはレインに体を向けた。
「前置きはこのくらいにして、本題に入りましょう。貴女をうちの組織に招き入れたいのです」
「勧誘ってこと」
「そのようなもので」
レインもタバコを灰皿に落とす。
「獅子公が貴女にどれほどの金を注ぎ込んできたか。今どれほどの報酬を払っているか。その点もきちんと調べてあります」
「手が早いのね」
「そりゃもう。現代であればフリック一つで簡単に情報が手に入りますから」
「いやな時代ね」
レインがタバコをくちにくわえる。
火をつけようとすると、ビルがライターを彼女の口元に近づけた。
「我々は貴女に支払われたこれまでの額の、倍を支払う用意がある。貴女が私どもの元へ来てくだされば、金は全て貴女のものとなる」
ライターに火をつけて、レインのタバコをあぶる。
「たった一言、了解の言葉さえ言ってくれれば。何もしなくても金が入ってくる。悪い話ではないでしょう」
「そうね。確かに、悪い話じゃないわ」
レインはタバコを吸い、口いっぱいに紫煙をためる。
そしてその紫煙を、ビルの顔目掛けて吹きかけた。
「馬鹿な話はもういいかしら。そろそろ戻らなくちゃ。あの子たちも気まずい思いをしているでしょうから」
レインは立ち上がって、ビルの横を通る。
「こちらはいつでも、貴女に向けて扉を開いて待っておりますから」
「待つだけ無駄よ」
レインはため息をついて、中に入った。
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