第22話

 気まずい沈黙。

 張り詰める空気。

 レインとビル、それにシェリー。

 互いに視線を動かさず、互いの顔を見つめ続ける。


「誰?」


 ただならぬ空気を感じながら、アリアはレインに尋ねる。


「ちょっとした知り合い」


「知り合いにしては、やけに険悪じゃない」


「まあ、仲良しってわけじゃないからね」


 レインがそう言う。

 

「いらっしゃいませ」


 しかしロマは漂う空気を感じないのか。

 のほほんとした様子でビルとシェリーに声をかける。

 シェリーの方はすぐに店を出ようとするが、ビルはそんな彼女を止める。


「まあまあ。いいじゃありませんか。こちらもあちらも、偶然出会ってしまっただけなんですから。変にいがみ合うことなく、買い物をすればよろしい。そうじゃありませんか」


「だけど……」


「ほら、入った入った」


 シェリーは嫌な顔を見せるが、ビルは取り合わない。

 彼女の背中を押して、二人は店の中に入った。


「好きに見てってくださいね」


「ええ。そうさせてもらいます」


 ビルはシェリーを連れて店を散策し始める。


「あんたも、商品選んじゃいなさい。まだ買うものがあるんでしょ」


「えっ……う、うん」


 アリアはまだ釈然としていなかった。

 だが、何やら雲行きが怪しいことは悟ることができた。

 カゴを持って商品の吟味に戻る。


 冷ややかな緊張が店内に流れる。

 軽快な音楽が虚しく響く。


 本当に偶然、この店に鉢合わせただけ。

 何かの策謀、謀略はなく、純粋に買い物に来ただけ。

 しかし警戒は解けない。

 アリアを視界に入れながら、レインは二人の様子に注意を払う。


 その点はビルも一緒だ。

 シェリーの近くにいながら、視界にはレインを入れている。

 レインが一歩動くたびに、彼の体も少し反応する。


 シェリーはちらちらと2人を見るが、やがて商品選びに熱中し始める。


 あごを撫でながら、真剣に香水を眺めている。

 試供品を手に取って、手の甲に吹き付けた。

 匂いを嗅いで、満足そうに頷く。

 どうやら、その匂いが気に入ったらしい。

 早速手に取って次の棚に移っていく。


 アリアは緊張を感じながらも、商品を選んでいく。

 緊張の原因。

 その一端が彼女にもあることすら、気づいていない。


 何事もなく時間が過ぎ、アリアが精算をする。

 それと同時に、シェリーもまた精算をしようとレジに並ぶ。

 その時になって初めて、アリアとシェリーは顔を合わせた。


 もとよりクラスは一緒だ。

 アリアも顔は知っていたのだろう。

 アリアは軽く会釈をする。

 そして彼女の横を通って、レインの元へ向かう。


「終わったの」


「ええ。一応」


「そっ、じゃあ行きましょうか」


 レインはアリアを連れて外に向かう。

 カウベルが鳴る。


「お待ちください」


 敷居をまたいだその時、背後から声をかけられた。

 振り向いて見れば、ビルがいた。


「何?」


 レインが聞く。


「お茶をご一緒しませんか」


 ビルが言う。

 さすがのレインもこれには驚いた。


「お茶? あんたらと?」


「ええ。この雑貨屋さんの二階は喫茶室になっているそうで。そこのスイーツと紅茶が美味しいと評判なのです」


「へぇ。そう、でも悪いけど……」


 断ろうとした矢先。

 レインの言葉を遮って、ビルが言葉を続ける。


「何、そんな堅苦しいものではありません。先日のお詫びも兼ねて、少しお話をしたいなと思ったまでですよ。同業者との親交は、何より大切ですからね」


 柔らかい笑みを浮かべながら、ビルは会釈をする。


「お金の方はこちらでお支払いいたします。いかがでしょう。この後お暇な様子ですので、お付き合いいただけませんか」


「……そう。お金はそっちで持ってくれるの」


「はい。もちろん」


「あんたはどうする?」


 アリアを見る。キョトンとしていたが、彼女もうなずいた。


「だ、そうよ」


「それはよかった。女将さん、上の店は開いていますか」


「ええ。大丈夫ですよ」


 ロマが言う。


「では、参りましょうか」

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