第21話

 橋の手前には軽自動車が一台。

 無造作に停まっていた。

 先に部屋を出たアリアは、車体に背中をつけて、腕を組んで待っている。


「遅い」


「大して変わらないでしょ」


 レインが運転席に乗り込む。

 それを見てから、アリアが助手席に乗り込む。


「案内する通りに、進んでくれればいいから」


 アリアがスマホを取り出す。

 マップアプリを作動させて、目的地を入力。

 数秒とかからずに最短経路が画面上に表示される。


「あんたが案内するわけじゃないでしょ」


「いいから、行ってよ」


 レインがキーを回す。

 エンジンがかかり、車体が震える。

 ギアを入れて。サイドブレーキを下ろす。

 橋の右脇には操作室兼警備詰所がある。

 アリアはそこに手を振ると、窓の奥で男が手をあげた。


 サイレンが鳴り響く。

 操作室から伸びるランプが回転し、黄色いライトを光らせる。

 ゆっくりと吊り橋が降りてくる。

 対岸の橋も降りてきて、つながった。


「お早いお帰りを」


 警備室の窓が開き、男が制帽を傾ける。

 アリアが手を振り返すと、レインはアクセルを踏んだ。

 橋を渡り街中を進む。

 スマホの案内に従いながら、おおよそ30分。

 とある店の前にやってきた。


 繁華街から細い路地に入ったところ。

 4台ほどの車で満車になってしまう小さな駐車場。

 その奥に二階建ての一軒家がある。

 車を止めると、早々にアリアは車を降りた。


「何、ここ」


「ロマの雑貨店。私がよく来る店」


 そうとだけ言うと、アリアは早々に店の中へと入っていく。

 車の鍵を閉めて店に向かう。

 ドアについたカウベルが鳴り響く。


「いらっしゃいませ」


 店の奥から女の声が聞こえてくる。

 年齢は40を少しすぎたくらい。

 赤茶色の癖っ毛。

 黒い肌の女性がカウンターの奥からレインを見ていた。


「私の連れです。気にしないでください」


 アリアが言う。


「そう、あなたの連れ……」


 女はアリアの顔を見て、そしてレインを見た。


 レインの爪先から髪の先端にかけて。じっくりと舐めるように眺める。

 ただ純粋な好奇心。目新しいものを見るように、女はレインを見て、いや、観察していた。


「店主のロマさん」


「よろしく」


 ロマはレインに手を振った。


「なかなか綺麗な人ね」


 アリアの耳元にロマが話しかける。


「綺麗なだけで、腹は真っ黒なひどい女ですよ」


「あら、そうなの」


「そうですよ。ほんとひどいんですから」


「見た目からはそうは思えないんだけどね」


「見た目と中身が同じくらいな人なんて、この世にいるわけないじゃないですか」


「わからないじゃない。あれでいて、腹の奥底は優しいひとかもよ」


「ないない」


 アリアと女がコソコソと話している間。レインは店の中を見渡した。


 雑貨屋。なるほど雑貨屋だ。

 木工から貴金属、プラスチック製や鉄製のものまで。

 商品棚に飾られた品物は多くの雑貨が置かれている。


 店の奥には本が並んでいて、ファッションや植物の育て方。さらにそれを題材にして小説。新書などが販売されている。


 こじんまりとしてはいるが、1日そこらいても退屈はしない気がする。レインは思った。


「適当に見てってください」


 ロマがすかさずレインに言う。


「ええ。そうさせてもらうわ」 


 レインは笑いながら返事を返した。


「あの人、こういうのも好きなの?」


「さぁ。聞いたことないですけど」


 雑貨どころかレインの好きなものさえ知らないのだが。


 アリアはレインを見る。

 積み木の形をした置き時計。レインはそれを手に取ってしげしげと眺めている。


 これが気になった。というよりそこにあったから手に取ってみた。というような手つきに見える。その証拠にレインはすぐに元の場所に時計を置いて、また店の中を散策し始める。


 とても雑貨が好きそうには見えなかった。どちらかといえば、興味がなさそうだ。


「貴女も商品選んだら。買いたいものがあるんでしょ」


「うん。そうさせてもらいます」


 ロマと一旦別れ、アリアも商品選びに勤しんだ。


 レインはレイン。自分は自分だ。

 買い物籠を手に取って、いざショッピングと洒落込もう。


 アリアはそう思って、欲しい商品を次々に手に取っていく。

 筆記用具やメモ帳に始まり、お香のセット、付箋紙、押し花のしおり、ペン。購買部では手に入らないデザインのものを次々にカゴに入れていく。


「こういうの好きなのね。意外と」


 アリアの横にレインがやってくる。


「好きってほどじゃないけど、あると便利だから」


「ふーん、そう」


 明らかに興味がなさげな言葉だった。


「車で待っててもいいのよ。別に付き合ってもらう必要はないから」


「車にいてもつまらないじゃない」


「じゃあ、適当に商品を見てなさいよ」


「冷たいわねぇ」


 ため息をつきながら、レインはまた商品の棚を眺め始めた。


 カラン、コロン。


「いらっしゃいませ」


 来店のカウベルにつられて、ロマが声を出す。

 レインもアリアもなんとなく入り口の方を見る。


 入ってきたのは二人の男女。初老の男性と孫娘と思えるような、若い女子。


「あっ」


 レインが思わず声を出した。


「おや」


「げっ」


 来店した二人も同じように声を上げた。

 もっともこの二人の声は、レインのそれとは意味合いが違ったようだが。


 入ってきた二人は、「連合」のビル・パーカーソンとシェリー・レイだった。

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