第20話

 翌日。

 3人の少女は教室から姿を消していた。

 昨日のうちに転校が決まったらしい。

 生徒からの質問がジェシーにに向けられた。

 が彼女は詳しいことはわからないと回答を濁すばかり。

 肝心の答えを話そうとはしなかった。


 アリアはウィリアムの方をちらと見る。

 彼は教師の言葉を耳にしながら、目を伏せていた。

 ウィリアムが何かをしたのだろうか。

 アリアは思った。


 ウィリアムの目が開く。

 そしてアリアに顔を向ける。

 目があった。すると彼は、ふっと頬を歪めた。


 アリアも同じように頬を歪める。

 けれど、ウィリアムのように上手くできたかはわからない。

 引きつっていたかもしれないし、不格好になっていたかもしれない。

 でもウィリアムは満足そうに頷いてくれた。


 きっとウィリアムは、真相を話すことはないだろう。

 聞いたとしてもはぐらかすだろう。

 もしも本当に彼が何かをしたとしても、それを責めることはできない。

 ウィリアムは自分のために、仇を討つためにそうしたのだ。

 それを無下するほど、アリアは冷徹にはなっていない。


 それ以降アリアに対しての仕打ちはピタリと止まった。

 嫉妬の視線は時折感じるが、それが実害になることはない。

 可愛らしい嫉妬。

 可愛らしい苛立ち。

 それくらいならば、警戒するほどのものではなかった。


 それから数日経った頃のこと。

 アリアはあの日あったことを、ウィリアムに話した。

 アリアの部屋にウィリアムを招き入れ、静かに教えた。

 その内容は、三人の娘から聞いた話と大差なかった。


 ウィリアムとアリアの関係。

 それに対する嫉妬。

 嫉妬から起きた蛮行。

 アリアを組み敷き、アリアの母を侮辱し、耳を切り落とそうまでした。

 ウィリアムは最後まで聞いた。

 そして、一言。


「そうだったのか」


 とこぼした。

 慰めるでもなく、同情するでもない。

 ただ事実を受け止め、彼女に優しく微笑む。

 冷たいとも思われかねないが、アリアはそんなウィリアムの態度を心地よく感じた。


 それからは、この話をすることはなくなった。

 いつものように校舎で会い、いつものように挨拶を交わす。

 それでいて、時折二人であって話をする。


 平和で退屈な日常。

 けれどかけがえのない時間。

 それが身に染みたからこそ、アリアの表情は前よりも明かるくなった。

 レインには、そんな風に見えた。





 午前授業を終えたある日。

 制服からラフな格好に着替えると、アリアがこんなことを言い出した。


「街に買い物に出たいんだけど」


 レインは意外そうに片方の眉毛をあげる。


「購買部んとこじゃ、間に合わないの」


 購買部とは名ばかりの、ショッピングモールが学園には存在する。

 食材や雑貨。衣服。書籍。日用品に至るまで。

 そこに行けばある程度のものを買うことができる。


「ええ。そう」


 どうやら購買部では買えない代物ということらしい。

 

「外出許可はもうとったの」


「昨日のうちに。ほら、これ鍵」


 アリアは車のキーをレインに投げる。

 大手メーカーのロゴが入った、黒いキーだ。


「橋の前に車を出してもらってる。あとは、あんたに運転してもらいたいんだけど」


「別にいいけど、どこに行くの」


「それはついてから言うわ。時間ももったいないから、早く行こ」


 ベッドから立ち上がり、アリアは颯爽と部屋を出る。


「早くきてよ。先に行ってるからさ」


 ドアを閉める間際。彼女の急かす声が聞こえてきた。


「はいはい」


 レインは片手に持ったコーヒーをあおぎ、紙コップをクズ箱の中に捨てる。


「何を買うんだか」


 面倒臭そうに頭をかきながら、部屋の鍵を閉め、レインもアリアの後を追った

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