第18話

 曇天の空が二人を見下ろしている。

 今にも降り出して来そうな、大きく膨らんだ灰色の雲。

 重々しい体が、東から西へ流れている。


 納屋の正面は拓けていて、雑草が所々生えている。

 木陰のすぐ下。

 3人の男たちが縄で縛られている。

 3人娘の護衛たちだ。

 意識を失っているのか。ぐったりと顔をうつむけている。


「あんたがやったの」


「当然。でも死んではいないわ。のびてるだけ。今なら煮るなり焼くなりなんでもできるけど、どうする」


「そんなのするわけないでしょ」


 アリアは嘆息する。

 一旦納屋に引き返すと、アリアはブルーシートを持ってくる。

 レインが見守っていると、アリアは男たちにブルーシートをかぶせてやった。


「優しいのね」


「運んでやれないけど、これくらいのことはやってもいいでしょ」


「お好きにどうぞ」


 レインは言う。

 と、彼女の髪にポツリと何かが落ちて来た。

 冷たい液体。

 顔を上に向けると、小さな水滴が落ちて来た。


「もうじき、降って来そうね」


 レインが呟く。

 それからすぐに、雨脚が音を立ててやって来た。

 二人は駆け出す。

 向かったのは寮。

 雨が跳ねる細道を、手を傘にしてかけていく。


 ようやくのことで玄関にたどり着く。

 二人は体についた雨粒を軽く拭き取る。

 それから寮に入って、アリアの部屋に向かった。


 だが、思いも寄らないことが起こった。

 アリアの部屋の前に、誰かが立っている。

 ウィリアムと国友。

 ここにいるはずのない二人が、そこにいた。


 アリアの顔を見るとウィリアムが彼女のもとへ近づいてくる。

 レインは国友を見る。

 国友は首を振る。

 写真と動画については教えてはいないらしい。


 なら、おそらくあの3人がウィリアムの白状したのだろう。

 自分たちの保身のために。あれは誤解なのだと洗脳するために。

 そうでなければ、この場に彼がいるはずもない。


「何があったんだ」


 ウィリアムが尋ねる。


「何が、とは?」


「とぼけなくていい。大体の事情は、あの3人から聞いているんだ」


 レインの想像は、どうやら当たっていたらしい。

 あの三人が自分のもとへやって来たこと。

 そして訳のわからない弁明を始めたこと。

 それをウィリアムは聞かされた。 

 それを確かめるために、彼はここへ来た。


「君は、あの女子たちにひどいことをされそうになったんだろ?」


「殿下には関係ありません」


「関係ないことはないだろう。彼女たちは、僕と君の仲に嫉妬して、こんなバカをしでかしたのだから」


「殿下が、お気になさることではありません。それに、もう解決はしましたから」


「解決? その髪はどうしたんだ。あの三人にやられたのか?」


「いいえ。これはレインにやってもらいました」


 本当か。ウィリアムがレインに目で尋ねる。


「ええ。私がやったわ」


 レインは肩をすくめながら言った。


「お待ちいただいて恐縮ですが、今日はお帰りくださいませ。少し疲れました。部屋で休ませてもらいます」


「だが……」


「ごめんなさい」


 アリアはウィリアムの横を通って、部屋に入ってしまう。

 ウィリアムは彼女を追おうとしたが、レインが立ち塞がる。


「悪いんだけど、日を改めてもらえないかしら。彼女、今日はいろいろあったから。その点あの三人から聞いたんでしょ?」


「……ああ」


「だったら、もうちょっと彼女の事を考えてあげて。殿下の知ろうとする気持ちを否定するつもりはないけれど、今日は控えてちょうだい」


「……日を改めれば、彼女は口を開いてくれるかい?」


「ええ。必ず」


 レインの言葉に、ウィリアムは頷いた。


「彼女の髪、似合っていたよ。いい腕だな」


 ウィリアムはレインの肩を叩く。

 国友に目配せをすると、彼は廊下を進む。


「それはどうも」


 2人の背中を見送りながら、レインがポツリと呟いた。

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