第17話

 三人は腰を抜かし、へたり込む。

 ほおけた顔。開かれた口。

 吐き出される言葉はなく、茫然と天井を仰ぎ見ている


「早く手を打った方がいいわよ」


 はっとした。

 もはやアリアのことなどどうでもいい。

 3人は涙目になりながら、急いで建物を出た。


「大丈夫?」


 レインはアリアに手を伸ばす。

 アリアはその手を払って、自力で立ち上がる。


「やりすぎよ」


「あれくらいやんなきゃ、懲りないでしょう。あのガキどもは」


「だからって、殿下を巻き込むなんて」


「巻き込んじゃいないわよ」


「……? どういうこと」


「さっきのメールは殿下に送ったわけじゃないってこと」


 アリアは首を傾げる。と、レインのスマホが震えた。


「反応早いわね」


 登録していない番号。

 通話ボタンを押して、電話に出る。


『いつの間に俺のアドレスを知った』


 男の声。国友だ。


「アンタが私の写真を送ったときよ。人前で画面を見せるのは、あまりよろしいことじゃないわね」


『……あの一瞬で憶えたというのか』


「ええ。短いアドレスだったから。でもよくわかったわね。私からだって」


『お前でなかったら、こんな真似をするはずがない』


「信頼の言葉として、受け取っておくわね。ああ、番号は保存するなり削除するなり、自由にして構わないから。それと、動画と画像は殿下には見せないようにね」


『言われなくても、こんなものを見せられるわけがないだろ』


「頭がいい人で助かったわ」


 レインは電話を切る。

 電話の奥で国友の声が聞こえた気がしたが、それは気のせいだったということにしよう。


「国友さんに送ったの」


「ええ。何かの役に立つかと思って。まあ、こんな早く使うことになるとは思えなかったけど」


 レインは肩をすくめる。


「それより、バッサリやられたわね」


 レインはアリアの横髪を見る。

 長い髪をばっさり。

 艶のあるきれいな髪が、無造作に切り裂かれている。


「大丈夫よ、怪我をしたわけじゃないから」


 床に落ちたハサミ。シェイナのものだ。

 アリアは拾い上げると、おもむろに自分の髪に刃先を向けた。

 軽やかにハサミを操る。

 背中まで伸びていた金髪を、ためらうことなく切っていく。


「これで目立たない、でしょ」


 耳が出るくらいまでに、短くなった髪。

 ボーイッシュといえば聞こえはいいが、さすがに素人が切っただけある。

 整った印象はない。


「ひどいできね」


「ほっといてよ」


 アリアがムッとする。

 レインの横を通っていこうとするが、その腕をレインがとる。


 体勢を崩されて、たたらをふむアリア。

 その背中を、レインがそっと抱き止める。


「そこに座りなさい。チャチャっと整えちゃうから」


 椅子をとってアリアをそこに座らせる。

 ハサミを取ると、アリアの背後に回って、彼女の髪を切っていく。


 長さを整え、毛先を整える。

 あらかた切りそろえたところで、ヘアワックスで髪型をつくる。


 ハサミを机に置いて、正面に回った。

 いい出来だったのか。レインは満足そうに頷く。

 スマホを構えて、写真を1枚。

 画面に呼び出すと、それをアリアに見せる。


「この方がずっといい」


 少しだけ遊びのある、ボーイッシュな髪型。

 手ぐしで雑に整えた時よりも、見た目はだいぶいい。


「……ありがと」


 ぽつり。アリアが呟く。


「あら、初めてね。アンタが感謝を言うなんて」


 レインは皮肉げに頬を歪めた。

 言うんじゃなかった。

 茶化されたと思ったアリアは、顔を赤らめながら後悔した。


「アンタも一発くらい殴り返せばよかったのに。そしたら、アイツらもちょっとは反省したかもしれないでしょ」


「見てたんなら、すぐに来てくれればよかったのに」


「証拠をとるのに忙しかったのよ。まあ、さすがに刃物を出した時はまずいと思ったけどね」


 アリアを頬を両手で挟む。


「アンタが何を考えてるかは知らないけど。あんまり我慢するのもどうかと思うわ。もっと自分の思ってること。表に出してみなさい。そしたら、何か変わるかもしれないんだから」


「……変わるわけ、ないじゃない」


 アリアがふいと横を向いた。立ち上がり、すぐに部屋を出て行く。

 その横顔には、悲しげな影があった。

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