第16話

 はっとして女子たちが引き戸へ顔を向ける。 

 引き戸の隙間からスマホのカメラがのぞいていた。


「誰!」


 金髪の女が叫ぶ。

 隙間に革のブーツが差し込まれ、引き戸が蹴り開かれる。


「こんにちわ」


 意地の悪い笑みを浮かべながら、レインが部屋に入ってきた。


 女たちはさっと顔を青ざめさせた。

 彼女の背後を見る。護衛たちがやってくる気配はない。


 まさかやられたのか。3人の誰もが、そう思った。


「無駄よ。あいつらなら、今頃いい夢をみているから」


 それが全ての答えだった。


 護衛がやられた。

 その事実に三人は唇を噛む。

 自分たちにとってまずい状況であることを察した。


「さて、どうしてやろうかしらね」


 スマホをひらひらと振りながら、レインは言う。

 その顔は、悪党の笑みを浮かべていた。


「資産家のお嬢様方が、いたいけな女子を嫉妬によっていじめる。週刊誌に売ればいい見出しになると思わない?」


「そんなことしてみなさい。あんたとこの女、うちの家族がただじゃおかないから」


 金髪が吠える。けれどレインには対して効き目がなかった。


「それは、怖いわね」


 そう言って、レインは自分の体を抱きしめる。

 顔はふざけたまま。

 態度とは裏腹に、彼女は一切恐怖しているようには見えない。


「まあ、それはそれとして」


 レインは息をつく。アリアを見ると、頬を歪めた。


「まだ怪我はしてないようね」


 安心した。

 言葉にはしていないが、彼女の口はそう言っているように、アリアには見えた。


「リタ・シーゲル」


 黒髪のそばかすが、体をぴくりとさせた。


「アリス・ジョンストン」


 茶髪のボブがけげんな顔つきに変わる。


「シェイナ・レイズ」


 金髪が目を見開いた。


「あんたらは、この写真と動画。いくらで買う?」


 スマホの画面を見せる。

 再生ボタンを押すと、これまでにアリアにかけられた罵詈雑言から、アリアに馬乗りになるまで。

 一部始終がしっかりと押さえられていた。


 動画を止めて今度は画像を見せる。


 そこに映されていたのは、最後のシーン。

 馬乗りになったシェイナが、アリアにハサミを向けるところがとられていた。


 シェイナはレインを睨みつける。


「もし買えないようなら、この映像と写真。ウィリアム殿下のところに送りつけてあげる」


 レインの一言に、三人はさっと血の気がひいた。


「そ、そんな……」


 リタが震える声で呟く。


「週刊誌とかに売り付けても面白くないからね。どうせ圧力で潰されるのは、目に見えてるから。だったら、殿下に見せてあげたほうがよっぽどいい。彼女、それでいて殿下の昔馴染みだったりするからね」


 信じられない。

 三人は同時にアリアを見下ろした。

 アリアはどこかバツが悪そうに、顔を背けた。


「昔馴染みの友人が、誰かもわからない女子たちに痛めつけられている。それ知ったら、殿下はどう思うでしょうね。いくら好青年であろうと、思わず、怒りを爆発させちゃうかもしれない」


 ニタニタと笑うレイン。

 それに対し、三人はワナワナと唇を震わせる。


「それで終わればいいけれど、その怒りがアンタらの親にまで飛び火したら、どうなるか。殿下は王様の息子。息子の友人を気付けられたんだもの、あまりいい気はしないでしょうね」


 そこで言葉を切り、レインは三人の元へと歩み寄る。


「最悪、お家が取り潰しになるかもしれない。家を追い出され、国を追い出され。資産を奪われ、食い物に困る。でも誰も慰めてはくれない。誰も助けてくれない。自分は巻き込まれまいと、腫れ物のように扱うわ」


 シェイナの耳元に、レインはそっと口を近付ける。


「人間追い詰められればなんだってやる。金がないってわかれば、娘や妻を売るような真似も平気でする。想像できるかしら。見ず知らずの男たちの慰み者になる自分を。欲求のままに嬲られる自分を」


 瞳孔が開き、シェイナもリタもアリスも、三人とも顔を真っ青にしている。

 その怯えよう。アリアも少し同情してしまった。


「……どう、したらいいの」


 シェイナが呟いた。

 レインは、その言葉を待っていた。


「私だって別にアンタらをおとしめたいわけじゃない。今まで言ってたのは、あくまで最悪のケースってだけでね」


 満面の笑みを浮かべて、レインはシェイナの肩を叩いた。


「この情報に見合うだけの金を払って頂戴。それをみて、私はこのデータを渡すか決める。アンタらの将来がどの程度か。それを自分で測ってみな」


 3人は顔を見合わせた。リタに至っては今にも泣きそうになっている。

 命名に財布を取り出す。それをレインに投げつける。


「全部、持っていっていいから」


 レインは財布を拾い上げると、中にあった紙幣を取り出す。

 14、5万。学生身分にしては、なかなかに持っている。


「なるほどね」


 紙幣を全て胸ポケットにしまうと、レインはスマホを見せる。

 動画と写真。それを添付したメール画面。


 3人は嫌な予感がした。


「そのくらいなら、これが妥当ね」


 待って。そう言い出そうとしたが、もう遅い。


 彼女は送信ボタンを、そっと押した。

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