二章

第13話

 平穏な学園生活。

 静かで退屈。

 刺激の少ない孤島での日々。

 外とも違う閉鎖された場所での時間に、レインは少しずつ慣れ始めていた。


 ウィリアムの周りもそれと合わせて静かになり、今では学園の中に溶け込んでいる。


 しかしさすがに皇太子。

 彼が歩くところ歩くところ、女子の視線が常に追いかけていく。


 アリアは勉学と読書に勤しむ日々を送っている。

 成績は上々。教師からの評判もいい。

 しかし生徒たちからの評判は、残念なことに高いとはいえなかった。


 クラスは社会の縮図だ。

 時間が経つにつれて変容し、集団を形成し、格差が生じる。


 好き嫌い、気が合う、気が合わない。


 子供たちの正直な、それでいて残酷な区別によって作られる仲良し組。

 そのいずれの中にも、アリアの居場所はなかった。

 彼女はクラスの腫物。

 近寄りがたい存在として、孤立の道を辿りつつあったのだ。


 きっとやりようによっては、どこかの組へ入ることもできただろう。

 しかし、彼女はあれでいて少し、人見知りの気があった。

 うまい言葉も思いつかず、話も思いつかず、どことも繋がることができない。


 どんどんと孤独の淵へと誘われる。

 だが彼女は平気だった。

 孤立で折れるほど、彼女はやわではない。

 父親譲りの気丈さ。

 アリアの背中に、レインはレオンの影を見たように思った。


 そんなある日。一種の違和感がレインを襲った。

 何やらクラスの様子がおかしい。

 アリアたちが教室に入ってくる。

 するとそれまで聞こえていた声が、ピタリと止まる。


 冷ややかな視線が二人を突き刺してくる。

 これは何かあったな。レインは思った。

 アリアもこの違和感に気がついていた。


 無視をされることはあれど、こんな露骨な視線を向けられることは、これまでなかった。


 彼女は自分の席に向かう。

 そして座ろうとしたのだが止まった。

 椅子に仕掛けられた画鋲。

 剣山の如く、座面に並んでいる。


 アリアはじっと、それを眺めていた。

 ああ、これは誰かにやられたんだな。

 自分を気に食わない人間が、これをしたんだな。

 こう思った。

 鬱々とした気分が、彼女を飲み込む。


「あっはっはっは!」


 背後から聞こえた高笑いに、アリアはハッとした。

 背後を見れば、レインが腹を抱えて笑っている。

 人の目など気にも留めない。

 腹をよじり、声をあげて笑っていた。


「何よこれ。わざわざこんな、こんなことに。ははっ、ばっかじゃないの」


 唖然としたのはアリアだけではない。

 クラス中の生徒がぽかんと口を開けていた。


「あ~あ。はぁ、お腹痛い」


 ひとしきり笑ったところで、レインはアリアは横に退ける。

 それから革手袋をつけて、掌に画鋲をかき集める。


 さてこれをどうするのか。

 集めた画鋲を両手でギュッと握りしめる。

 それからちらっと生徒の顔を見ると、意地悪く頬を歪めた。


 嫌な予感がする。

 アリアは制止の手を伸ばそうとしたが、遅かった。

 勢いをつけて、レインは画鋲を宙に投げた。

 太陽を受けてきらびやかに光る金の雨。

 それは滞空すると、重力にしたがって、それは生徒の頭に落ちていく。


 悲鳴が教室に響き渡った。

 護衛たちがすぐさま主人のもとへ走り、きらめく画鋲を背中で受け止めた。


「さすが、さすが」


 口笛を吹き、レインは護衛たちに拍手をおくる。


「誰がこんな真似をしたのか。そんなの私の知ったこっちゃないけどさ」


 長机に足を乗せて、膝の上に肘を置く。


「この子に何かしたいんなら、まず私に話をつけてからにしなさいな。喧嘩を売ってくるんなら買ってあげるし、意見があるんならちゃんと聞いてあげる」


 アリアは言葉を失った。

 それは生徒も同じこと。

 レインの一挙手一投足。

 その口の動きに至るまで、クラス中の目という目が向けられる。


「それでも陰気な真似をいつまでも続けるようだったら、ここにいる全員殺す。遠慮はいらないわ。1人ずつ、丁寧にばらしてあげる。そんぐらいの覚悟があるってんなら……続けてみなさい」


 悪党。悪タレ。外道。

 レインは傲岸不遜に笑みを浮かべる。

 生徒の背筋に悪寒が走る。

 彼女の笑みに、クラスの連中が顔を青ざめさせた。


「……はぁ」


 唯一アリアだけが、頭を抱えてため息をついた。

 彼女の言葉は確かにクラスの連中には効き目があるだろう。

 それほどの迫力。

 それほどの言葉の重みが、彼女の声にはある。


 しかし、その反面。

 彼女の言葉はアリアの平穏を脅かす。

 これまでの腫物として無関心の中にいた彼女が、いよいよクラスの衆目に晒される。


 深いため息をもう一度。

 もはや取り消すこともできない。

 レインのしてやったと言う表情。

 その顔がまた、アリアの心を掻きむしった。

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