第11話
レインが部屋に戻ると、アリアと鉢合わせた。
「どこに行ってたの」
パジャマから制服に着替える途中だ。
白いブラウスに包まれた小さな双丘が、シャツの下からのぞいている。
「ええ。ちょっと散策にね」
「本当に?」
「ええ。ほんとに」
眉間にシワを寄せて、疑いの目をアリアは向ける。
が、いくら聞いてもどうせ答えることはない。
小さくため息をつくと、パジャマを脱ぎ捨てる。
「早いとこ着替えちゃいなさい。朝食、食べそびれるかも」
「そんなに差し迫ってるわけじゃない」
午前6時40分。
確かにいつもの時間だ。何の狂いもない。
「あんたじゃなくて、私が早く食べたいのよ。早起きしちゃったせいで、もうお腹がすいちゃってさ」
「知らないわよ。そんなこと」
「いいから、早くいきましょ。ここの料理、結構美味しいんだから」
「それは、あんたよりよく知ってるわよ」
一体どうして、朝からこんなにイライラしなくちゃならないんだろう。
腕が立つからって、こんな
父を、レオンがひどく憎らしく思う。
手早くシャツを着て、チェック柄のスカートをはく。
それからブレザーを着て、革靴を履く。
「行きましょ」
レインがドアを開けて、アリアが外に出る。
鍵を締めて二人は食堂へと向かった。
朝食のメニューは昼とは違い、軽めのものが揃えられている。
トースト、ヨーグルト、リゾット、麺料理、サンドイッチ各種。
もちろんステーキやハンバーグといったガッツリ系の料理もある。
アリアはトーストを一枚とカフェオレ。
レインはハンバーガーを二つとコーヒーを頼む。
受け取り口から料理を取ると、窓際の席に腰掛けた。
「朝からよく食べるわね」
「朝食べとかないと、体が動かないの」
大きな一口でハンバーガーにかぶりつく。
ソースがバンズと肉の間だからこぼれ、テーブルに落ちる。
「汚いな」
ペーパーナプキンをとって、レインに渡す。
「悪いわね」
「別に。これくらい」
アリアもトーストかじる。それからカフェオレを一口含む。
食堂は少しずつ賑やかになってきた。
時間をみれば午前7時20分。
着いたのは6時50分。
かれこれ30分はここにいることになる。
その間にレインもアリアも朝食を済ませ、今は食後の休憩をとっていた。
「あっ」
素っ頓狂な声をあげたのは、アリアだ。
彼女の目はレインの背後に向けられている。
視線を追っていくと、ウィリアムがいた。
国友を連れて食堂へ入ってこようとしている。
ウィリアムの周囲には相変わらず女子生徒の姿がある。
しかし国友が目を光らせているためか、昨日のような無遠慮さはない。。
まだこちらには気がついていないようだ。
少なくともウィリアムは。
国友はすぐにアリアとレインに気がついていた。
ウィリアムの周囲に注意を払いながら、視線をレインに投げている。
あの後、着替えたらしい。
早朝に来たスーツとは別のスーツを着ている。
国友はウィリアムの耳に小言を聞かせる。
ウィリアムは2人を見つけると、料理を受け取るなり、彼女たちの元へ歩いてきた。
「邪魔しちゃ、悪いわね」
レインは意地の悪い笑みを浮かべる。
ハンバーガーの包みとコーヒーのカップを持って立ち上がる。
「ちょっと、どこにいく気よ」
「2人でじっくり話しなさいな。私は遠くから見てるから」
「見てるって、そんな急に」
「じゃ、頑張んなさいよ」
アリアの肩を叩き、突風のごとく立ち去った。
遠くなる彼女の背中を、アリアは茫然と見つめる。
「おはよう」
どきり。
聴き慣れた声がする。
顔を向ければ、ウィリアムが立っていた。
「……おはよう、ございます」
「ここ、座ってもいいかい?」
ウィリアムが指差す。
アリアと対面の席。
さきほどまでレインが座っていた席だ。
「ええ。どうぞ」
「ありがとう」
ウィリアムはそこに腰掛け、トレーをテーブルに置いた。
トーストサンド。
三角のトーストにハムとチーズが挟まっているやつだ。
カップには紅茶が入っていて、茶葉の香りが漂ってくる。
「昨日は、すまなかった。少し強引過ぎたよ」
「そんな、謝らないでくださいよ。元はと言えば、私が悪いんですから」
「いや、僕が悪いんだ。君の気持ちも知らないで、手前勝手に連れ回して、困らせてしまった。本当にすまなかった」
ウィリアムはそう言って、あろうことか頭を下げようとした。
「やめてください。やめてくださいよ」
アリアは慌てて彼を制する。
皇太子が平民出の少女に頭を下げる。
政治的にも、皇太子個人としても。
大変なスキャンダルにでっち上げられかねない。
アリアは咳払いをすると、ウィリアムの顔を見た。
「お気持ちはありがたく受け取っておきます。ですが、本当に私は何も気にしていませんから」
「そうか。なら、よかった」
ウィリアムは頬を緩める。
心のつきものが落ちたような、晴れやかな微笑みだった。
本当にこの人は、どうしてそんなことで思い悩むのだろう。
背は伸びたが、10年前と全然変わっていないじゃないか。
呆れも覚えた。
だが、それ以上に懐かしいと思った。
幼い頃の暖かい記憶が、彼女の心をほんのりと温めてくれる。
「もうこのような真似はしないようお願いします。殿下の頭は、私どもと比べるべくもなく価値のあるものなのですから」
「私はそれほど、価値のある人間ではないよ」
「それは謙遜が過ぎるかと」
皿とカップをトレーに乗せて、アリアは立ち上がる。
「では、お先に。殿下はごゆっくりお食事をなさってください」
「ああ、また教室で」
「ええ、教室で」
アリアは一礼をして、とことこと歩いて行った。
「見たか」
ウィリアムが国友に言う。
「見た、とは?」
「アリアが、ようやく笑顔を見せてくれたよ」
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