第8話
アリアはすぐに見つかった。
本校舎一階中庭。アリアはベンチに座っていた。
「しおらしくなっちゃって」
「ほっといてよ」
顔を向けないまま、アリアが言う。
「ほっとくわけにもいかないでしょ。あんたの側にいるのが、私の仕事なんだから」
アリアの隣のレインがどかっと座る。
コーヒーをすすり、背もたれに背中と腕をあずける。
「殿下と昔は遊んでたんですって」
「子供の頃の話よ。あの頃は、身分とか権威とか、何もわかっていなかったから」
「子供の頃って、今も充分子供じゃないの」
アリアが睨んでくる。
目の色はレオンに似ているが、鋭さはまだまだだ。
「いいじゃない。学園でくらいタメ口叩いたって。今のうち親交を育んでおけば、今後のためになるじゃない」
「ここは嫉妬深い連中が多いの。ライオンの折の中みたいなものよ。殿下と仲良くしてたら、何をされるかわかったもんじゃない」
「心配性ね。揉め事になったら、私が何とかしてあげるのに」
「あなたが出ると余計問題がこじれるの。今朝だって、あの人たちをあんな目に遭わせて」
正門にはりつけられた男たち。
まだあの男たちのことをひきづっているらしい。
「女の寝込みを襲おうとした連中じゃない。むしろ半殺しで済ませただけ、感謝して欲しいくらいね。殺したってよかったんだから」
「でもやりすぎよ。もしあなたがやったなんて知れたら……」
「大丈夫よ。知っているのは、仕掛けてきた連中だけだから」
「余計心配じゃない」
深い深いため息が、アリアの口からこぼれる。
「そんな心配してると、シワが増えるわよ。若いうちから年寄りくさい真似しても、仕方ないでしょ」
「あなたは危機感がなさすぎるのよ。私たちに任されたことの重大さが、わかってないの」
「重大も何も。すべてはあんた次第じゃないの。もし殿下に嫌われて、婚約が破談になったりしたら、計画も台無しになるんだから」
アリアは答えない。口を閉じて項垂れるだけだ。
「あんたが計画の要なの。そこんとこ、重々レオンから教えられてるでしょ」
「……わかってるわよ」
消え入りそうな声だ。
言葉で理解しているだけで、まだ心は認めていない。
「殿下、悲しそうだったわよ。せっかくの知り合いにあんな真似されて」
「知った風な口を叩かないでよ」
「見たままを言ってるだけよ」
タバコのケースを取り出して、一本口に加える。
「学内も禁煙よ」
「ここは外でしょ」
「学校の敷地内だから、ここも学内よ。早くしまって」
舌打ちをする。
仕方なくタバコをポケットにしまい、背もたれに体を預ける。
「そうそう。後で殿下が謝りに来るみたいよ」
「謝りに? どうして」
「少し強引に誘い過ぎたから、だって。いい人じゃない。こっちが勝手に捨て台詞残して立ち去ったのに。それも自分のせいだって思ってる」
アリアは絶句した。そして考え、後悔した。
「あんたの気持ちもわからなくもない、てか正直わかりはしないんだけど。少しは周りの目なんて気にせずにさ、殿下に付き合ってやりなさいよ」
「あたしに説教たれないでよ。どうせ、私を殺すくせに」
「ええ、殺すわよ。もちろん」
アリアがレインを見る。恨みがましく、怒りを込めて。
憎い、憎い、憎い。
この女が憎くて仕方がない。
言葉にしなくても、その目を見れば嫌でもわかる。
「何の迷いもなく、ためらいもせず殺してあげる。一瞬痛みがあるかもしれなけど、それまでよ。弾丸が心臓を貫いて、息が止まる。人間の命なんて、数100gの弾丸より軽いんだから」
レインはアリアの顔を覗く。
「でも今殺すわけじゃない。あんたが死ぬまでまだ時間がある」
「殺すんなら、一緒じゃない」
「結末は一緒だけど中身は違う。時間は有限よ、大事にしなきゃあっという間に過ぎ去っちゃうんだから」
「たった数年だけでしょ」
「その数年をどうとらえるかは、あんたしだいよ。私は知ったことじゃない。それまでに殿下ともっと仲良くすることね。でないと、私が折檻しちゃうから」
「……それも、仕事の内なの?」
「さあて、どうかしらね」
予鈴が響く。昼休みが終わったらしい。
「授業が始まるわよ。早いところ戻りな」
背中を叩かれ、アリアは立ち上がる。
「これ持っていきなさいよ」
差し出したのはサンドイッチの入った箱。もともとアリアが食べるために用意したものだ。
「いい。あげる」
「あら、授業でお腹なっても知らないわよ」
「いいから、食べといて」
アリアはそう言って、すたすたと校舎の中へ入っていく。
「親子揃って、いじっぱりねぇ。やっぱり血かしら」
レインは彼女の後を追いながら、サンドイッチをぱくついた。
「……何これ、おいしっ」
サラミの塩気。
レタスのみずみずしさ。
そして後を追いかけてくるコショウのパンチ。
二口目、三口目と頬張り、あっという間に食べ切った。
ああ、これでは次のも楽しみになった。
タマゴサンドを頬張りながら、アリアの後を追いかけた。
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