第7話

 食堂は生徒と教員であふれかえっていた。

 制服姿の子供から、スーツ、作業着姿の大人まで。

 様々な人種、顔立ちの人間が食事をとっている。

 レインと国友は料理を注文する長い列に紛れていた。


 アリアとウィリアムから注文を受けて、メモを見ながら注文をしていく。

 窓口の女は注文を繰り返し、端末に入力。

 脇で待機しているように促してきた。


「この歳になって、ガキの使いっぱしりなんてね」


 レインは呟く。

 メモを握りつぶし、放り投げる。

 くるくると回る紙屑。ゴミ箱へと吸い寄せられ、すとんと落ちた。


「混乱を避けるためだ」


 国友は言う。

 この人混みにウィリアムが来るとどうなるか。

 喜びの混乱が起こり、押し合いへし合い。

 食事どころの騒ぎではなくなる。


 有名人というのはそういうものだ。

 市民に礼節を忘れさせ、一種のトリップ状態にさせてしまう。

 混乱を避けるために、護衛の2人に食事を運ばせる。

 当然といえば当然だ。

 しかし頭で理解したことが、腹で理解できるとは限らない。


「それもそうだけど。ガキにあごで使われるのって、ちょっと気に食わないと思わない」


 ちらと国友をレインは見る。

 しかし国友からの返事はなかった。


「きたぞ」


 受け取り口にサンドイッチとコーヒーのセットが二つ。

 片方はタマゴサンドにカツサンド。

 もう片方はタマゴサンドと野菜とサラミを挟んだもの。


「自分の分は自分で運べ」


「はいはい」


 サンドイッチの箱とカップを持って、アリアと国友は行く。

 食堂を抜けて、テラス席を抜ける。

 二人が向かったのは、広い庭。

 本校舎から離れたところにある、庭園である。

 大きな池には水芭蕉の葉が敷き詰められ、魚影が垣間見える。


 ぐるりと外周を囲む歩道。

 歩道に連れ添うように、ベンチが点々と並んでいる。


 ウィリアムとアリアは、間隔を開けて、ベンチに座っていた。

 彼らの近くにいるのは、警備の人間。

 国友の部下だ。

 彼が近づいていくと、軽く会釈をした。


「ありがとう」


 ウィリアムがにこやかに言う。

 国友が料理を手渡す。


「また何かあれば、お声をかけてください」


「ああ。国友も昼食を摂ってくれ」


「では、遠慮なく」


 国友は軽く頭を下げる。

 部下に目配せをすると、その場を離れていった。


「私も離れていたほうがいいかしら」


 レインの問いかけはアリアに向いている。

 アリアはちらとレインの顔を見る。

 ぶるぶる、と首を振る。

 どうやらこの場にいて欲しいらしい。


「うちの子がああ言っているんで、ご一緒してもよろしいですか? 殿下」


「ああ。大丈夫だ」


 ウィリアムは快く迎え入れてくれた。

 レインはアリアの横に来ると、立ったままコーヒーをすすった。


「まさか同じクラスになるとは思ってなかったよ。10年ぶり、くらいかな」


 早速ウィリアムの口が動く。


「ええ。そうですね」


「ずいぶん他人行儀じゃないか。一緒に川で遊んだり、いたずらをしておばさんに怒られた仲だって言うのに」


「あれは、私も殿下も若かったから、周りのことがわからなかっただけです」


「だから、そんな他人行儀にしようっていうのか? 他の連中と同じようにして」


 アリアは頷いた。自信なさげに。

 ウィリアムはちょっぴり残念そうに彼女を見ていた。

 小さく息を吐く。

 頬をわずかに歪めて、アリアの肩を掴む。


「じゃあ、この学園にいる間だけでも、他人行儀をやめてくれないか。ここにはおばさまも、あのおっかないおじさんもいない。誰からも咎められることがあるもんか」


「でも、それだとご迷惑じゃ」


「迷惑? そんなわけがあるもんか」


 アリアの肩にウィリアムの手が置かれる。


「僕と君の仲じゃないか。たとえ歳をとったって、変わるわけがないだろう」


「……変わるものだって、あるんですよ」


 アリアは立ち上がる。

 ウィリアムの手が、するりと落ちた。


「ここでは大勢の人の目があります。どんな噂が立つかもわからない」


「噂なんて気にする必要はないさ」


「殿下が気にしなくても、他の人たちが気にするのです。もう、殿下はただの子供ではないのですよ。いついかなる時も、目を気にしなくては」


 アリアがウィリアムの顔を見る。


「今日は誘ってくれてありがとうございました。それじゃ」


 ペコリと頭を下げる。

 アリアは俯いたまま、早足でその場を後にしていく。

 その背中は辛そうに丸まっていた。


「ごめんなさいね。彼女、緊張しいみたいだから」


「いや……自分でも少し強引過ぎたと思ってる」


 ウィリアムが肩を落とす。

 後悔が顔に浮かび上がる。


「後で彼女に謝っておくよ。それくらいは、やってもいいかな?」


「多分ね。でもすぐにはやめておいた方がいいかも。彼女、あくまでも貴方の為だって思っているから」


「そうか」


 ポツリと呟く。

 言葉と表情に出る、寂しげな影。

 あくまでウィリアムは友人として。

 子供の時と同じように、アリアと語りたかったのだろう。


 だがアリアは、それができなかった。


「それじゃ、私も行くわね」


「ああ。すまなかったね。勝手なわがままに、貴女まで付き合わせてしまった」


「気にしないで。あの子の近くにいることが、私の仕事だから」


 コーヒーを口にしながら、レインはその場を後にする。


 肩越しにちらと後ろを振り向く。

 ウィリアムが遠くを見ながらたそがれている。

 その顔はどこか、幼い少年の頃を思わせた。

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