第6話

 皇太子の登場に学園は震えた。

 それは生徒の声。

 それは生徒の足音。

 それは万雷の拍手。


 ウィリアムが一歩を踏み出すたびに。

 その手を振るたびに。

 恐縮げに頭を下げるたびに。

 歓喜と狂喜が彼を歓迎した。


 ウィリアムの周囲には5人の教師の壁。

 彼にに触れようと生徒が手を伸ばす。

 それを教師がはねのける。


「殿下に何かあったらどうするんです!」


 ピシャリと叱る。

 だが生徒には聞いていない。

 教師に目もくれず、壁の間をぬって手を伸ばし続ける。

 その様子を見て、ウィリアムは苦笑いを浮かべた。


 ようやくたどり着いた頃には、教師はげっそりと疲れていた。


「で、では……どうぞあちらに」


 ジェシー・クリプトンが息も絶え絶え。

 ウィリアムを空席へと案内する。

 たちまち周囲の女子は色めき立った。


 まさか皇太子殿下が、うちのクラスへ転入してくるなんて。


 声なき言葉が、悲鳴となって教室に響く。

 握手を求める女子。サインを求める女子。 

 食事に誘う女子。とにかく会話をしたい女子。

 大勢の女子が、ウィリアムを取り囲む。

 たいして男子は、面白くなさそうにその様子を見ていた。


「よろしく」


 ウィリアムは微笑む。それだけで女子は息を飲み、悶え苦しむ。


「大したものね」


 レインは呟く。

 整った顔立ちに柔らかい物腰。

 巷でも人気の高い皇太子だが、実物を見るとなるほど評判通りの好青年だ。


 階段を男が上がってくる。

 その男は皇太子の付き人。名前は国友。

 東洋出身の男。守備隊の隊長を任されている。

 軍人の中で、もっともウィリアムに近しい人間である。

 国友はレインの横に立ち腕を組む。


「皇太子のおりも大変ね」


 レインが言う。


「それが仕事だ」


 低い声。

 鋭い視線がレインを見つめる。 


「見覚えのある顔だな」


「そうかしら。会うのは初めてだと思うけど」


「そうかもしれないな」


 あごひげを撫でる。

 おもむろにポケットに手を突っ込む。

 取り出したのは黒いスマホ。

 カメラをレインに向けて、ぱしゃり。


「写真、許したわけじゃないけど」


「正体を確かめるためだ。後ろめたいことがなければ、写真の一枚くらいどうてことはないだろ」


「女を無断で撮るのは、あまり感心しないわね」


「感心してもらいたくてやったわけじゃない。殿下を守るためだ」


 スマホを操作。

 レインの写真を何処かへと送信。

 送信完了の表示が出ると、国友はスマホをポケットに戻した。


「ここの使用人は怪しい連中が多い。警戒ついでにしょっ引ければ一石二鳥だ」


「おっかないことを言うのね」


「安全はただではやってこないからな」


「それは同感」


 国友の目がレインを見る。

 レインは肩をすくめると、それっきり口を開くことはしなかった。


 始業の金が鳴り響く。

 ジェシー・クリプトンが深いため息をつく。

 いまだざわめきが残る中で、彼女は懸命に教鞭を振るった。




 正門に張り付けにされた男たち。

 皇太子の転入。

 二日目にして盛り沢山な出来事だ。

 しかしそこは金持ちの子供なだけはある。


 厚い面の皮と強力な礼節。

 それが好奇心を押さえつけ、建前上は冷静さを保たせる。

 だが興味を全て押さえつけることはできない。

 授業中にウィリアムに集められる視線。

 休憩になればウィリアムの元へ自然と集まる。


 好きな食べ物は? 

 スポーツは何が好き?

 本は読むの?

 映画は?


 他愛のない。可愛らしい質問が重なる。

 これに苦い顔せず一つ一つ、ウィリアムは答えていく。

 なるほどこれが人気の知るしか。女たらしのやることか。

 レインは腹の中で思う。

 

 それが顔に出たのか、国友が冷ややかにレインを睨む。

 その度にレインは表情を引き締めた。


 昼食どきになると、喧しさはさらに激しさをました。

 ウィリアムの隣席争奪戦である。

 学園での昼食は、学生食堂で食べるのがほとんどだ。

 全生徒が使えるように、広い空間の中にいくつもの席が設けられている。


 円机に横長の机。 

 カウンターに立ち食いようの背の高い机。

 また食堂の外にもテラス席やベンチがあり、晴れていればそちらも狙い目である。


 肉料理。

 魚料理。

 野菜、果物。

 珍味まで。

 ありとあらゆる食材を取り揃え、多種多様な料理が食堂のメニューに並んでいる。


 ウィリアムは教室から出る際に、とある席へと向かった。


「一緒に昼食を食べないか」


 誘いを受けたのは、アリアだった。

 ぽかんと口を開けて、ウィリアムを見つめる。


「どうしたんだ。そんな顔をして」


「あの……誰かと間違えているんじゃ……」


 もごもごと口を動かすアリア。

 そんな彼女をウィリアムはおかしそうに見つめている。


「僕の昔馴染み、アリア・サヴリナは君で間違いない。友人の顔を見間違えるわけがないさ」


 ウィリアムは朗らかに笑った。

 その言葉がアリアを面倒な立場に追い込むとも知らずに。


 周囲から寄せられる奇異の目。

 好奇心と少なからずの嫉妬。

 これまで避け続けていた衆目が、ついに彼女を捉えた。


「君がいてくれて本当によかった。顔馴染みがいてくれると僕も息がつけるんだ。大丈夫、悪いようにはしないから」


 悪い状態にはしているけど。

 アリアは内心でぼやいた。

 だがウィリアムには伝わらない。

 彼女の手を取ったウィリアム。

 そのまま立ち上がらせて、教室を出ていった。


「見かけによらず強引だね。あんたんとこの皇太子」


 レインはため息をつく。国友は肩をすくめた。

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