第5話

 テーブルランプの明かりがぼんやりと室内を照らす。

 レインは椅子に座り、眠るアリアを見守っていた。

 物音が聞こえたのは、午前1時を少し過ぎた頃。

 そっとドアに歩み寄り、聞き耳を立てる。


 足を擦る音がいくつか聞こえてくる。

 その足音は部屋の前に近づいてきている。

 アリアの部屋の前に来ると、示し合わせたかのように、見事に消えた。


 ドアの向こうに誰かがいるらしい。

 そう思った矢先、ドアノブがゆっくりと回りはじめた。


 錆び付いたノブが嫌な音を立てる。

 留め金が外れ、引き開かれようとした瞬間。

 レインがドアを蹴った。


「うぶっ……!」


 男の呻き声が聞こえてくる。

 闇に紛れていたのは、4人の男たち。

 目出し帽を被り、薄汚れた作業着を着ていた。


「こんな夜更けに訪ねるなんて。非常識にもほどがあるわ」


 赤髪を紙紐で結びながら、レインは油断なく男たちを見る。

 倒れた男を仲間たちが起こす。

 左右に広がると、男たちはポケットからナイフを取り出した。


「ここじゃ刃物は厳禁よ。校則に目を通してないの」


 銃器、刃物、火薬、爆発物の所持は校則によって禁止されている。

 男たちは知らなかったのか、あるいは知らないフリをしているだけか。

 おそらくは後者だろうとレインは思う。 

 この後自分がどうなろうと、目的のために犠牲になる。

 鉄砲玉も鉄砲玉。使い捨ての人間であると理解しているのだ。


 1人の男がレインに襲い掛かる。

 レインは男の腹を蹴って壁に蹴飛ばす。

 したたかに背中をぶつけ、男は呻く。


「あまり騒がしくしないで。うちの子が起きちゃうわ」


 肩越しに部屋の中を見る。

 ベッドに横になったアリアの姿。

 寝返りを打つことなく、頭からすっぽりと布団をかぶっている。


「話は私が聞いてあげるから。静かにしてちょうだい」


 レインは静かに扉をしめる。

 その顔に猟奇的な笑みを浮かべながら。




 翌日。

 学園の中庭には多くの生徒の姿があった。

 彼ら、彼女たちは声を潜めて言葉を交わしている。


「何事だね」


 中年教師がやってくる。


「先生、あれ」


 生徒が正面門を指差す。

 門の壁、煉瓦の壁面に釘打ちにされた人形。

 虫の息の男たちが、はりつけにされていた。


 その姿形、顔貌。

 生徒も教師も誰も知らない男たち。

 アザだらけで、口の端から血が滴り落ちている。


「見せ物じゃない。教室に行っていなさい」


 応援に駆けつけた教師たちを中年教師が指揮をする。

 後ろ髪を引かれる思い。

 ちちらとと生徒は背後を見ながら、教室へと向かっていった。


「あなたがやったんでしょ」 


 歩きながら、アリアがレインに尋ねる。


「さあ、なんのことだか」


 レインはすっとぼける。

 アリアは鋭い視線を投げるが、レインは気にも止めない。


「昨日の夜、男の人たちと何かやってたでしょ」


「昨日の夜? 寝ぼけてたんじゃない。私はぐっすり寝てたわ」


 レインはとぼけるばかりで、答えようとしない。

 アリアはため息をついた。


「お願いだから派手なことはしないでよ。あまり目立ちたくはないんだから」


「皇太子と仲良くしようって女が、そんな控えめでどうするのよ」


 アリアの視線がまた鋭くなる。


「……いいから、目立つような真似はしないで」


 アリアは足早に学舎へと入っていく。

 その背中を見送りながら、レインは視線を泳がせる。


 歩く生徒の中。

 連合の2人はすぐに見つかった

 シェリーは口惜しげに睨み、ビルは不適な笑みを浮かべている。

 シェリーが学舎へと引き上げると、ビルも遅れながらその後に続いた。


 これでしばらくは下手に出てくることはないはず。

 とりあえずは報告がてら、レオンに一報を入れておくべきだろう。

 レインはスマホを取り出して、履歴から番号を入れる。


『なにか問題はあったか?』


 レオンの声だ。


『連合』のチンピラから襲撃を受けた。

 そう報告するとレオンは少しばかり唸った。


『その件はこっちで調べる。報告ご苦労だった。引き続き警戒に当たってくれ』


 通話が切れる。ポケットにしまって、さて教室に行こうかと足を踏み出す。


「すみません」


 そこへ声をかけられた。 

 顔を向けてみると、驚いた。


「二年生の教室には、どうやったら行けますか?」


 金髪の髪。整った色白の顔。

 学校指定の制服を着込んだ少年。

 皇太子殿下、ウィリアム・ベンハーだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る