第4話

アリア・サヴリナ

 ・レオンと農婦の子供。

 ・年齢は16歳。

 ・色素の薄い金色の髪。

 ・色白の肌。

 ・身長152cm、体重43kg。

 ・体つきは中肉中背で、やや猫背気味。


 資料に書かれたアリアは、実に単純明快だ。

 どんな姿形の女なのか。

 ある程度想像できる。


 しかし、これはあまりに省略しすぎていた。

 彼女がどう言う人間で、何を好み、何を嫌うのか。

 その情報がまるで含まれていない。

 せめて、口下手で生意気なガキである。

 その一言だけでも入れて欲しかった。

 


 吸う時はベランダで、自分が近くにいる時は吸わないこと。

 タバコを吸った後は消臭剤で匂いを消しておくこと。

 まるで姑の小言のような約束に、レインは辟易した。


 ふてくされるように眠り、朝が来る。

 気持ちの良い青空が窓から見える。

 初仕事にはうってつけの日和だろう。

 アリアが着替えるのを待って、二人は寮を出る。


 本校舎の二階。2−1教室。

 階段状になった座席にはすでに学生たちが集まっている。

 アリアは階段を上り、3段目の机の左端の席に座る。


「それじゃまた後で」

 

「はいはい」


 アリアを見送り、レインは教室の最後部へと向かう。

 控室。名札にはそう書かれていた。

 中に入れば、数人の先客たちがレインを見つめる。 


 黒いスーツを着た老若男女。

 2−1に集まった生徒たちの、護衛に違いない。

 ただ、どう見ても堅気の人間には見えなかった。

 荒くれ者。チンピラ。外道。殺し屋。

 そんな呼び名がふさわしい人間ばかりが、顔を揃えている。


 レインは何気なく、護衛の顔を見回す。

 と、驚いたことに知った顔を見つけた。

 控室の教室側の壁。

 そこには大きなマジックミラーがはめ込まれている。


 ミラーの前に立った1人の男。

 マフィア『連合』の構成員、ビル・パーカーソンだ。

 白髪まじりの茶髪。

 整えられたあご髭が、老齢の顔を凛々しく引き立たせている。


 ビルの視線を追っていくと、1人の少女を見つけた。

 どこかで見覚えがある。

 記憶を辿れば、思い出した。


 シェリー・レイ。『連合』総帥ブレイ・レイの娘だ。

 父親譲りの白髪に、母親譲りの黒い肌。

 彼女が小さかった頃に見たきりだったが、当時の面影がまだ残っている。


 懐かしい顔をこんなところで見ることになるとは。

 レインは意外に思った。

 そして警戒した。


 長く抗争を続けてきた2つの組織。

 その血を引き継ぐ2人の娘。

 嫌な予感がレインに警鐘を鳴らしている。


 と、女性の教員が入ってきた。

 名前はジェシー・クリプトン。

 アリアたちのクラスを担当する、担任教師だ。

 自己紹介もそこそこに早速授業に入る。


 テーマはリスクと恐怖。

 恐怖とリスクによって人間がいかに操られているか。

 またその恐怖をいかにして操り、利益をうむか。


 若いながら、その点よく研究しているんだろう。

 ジェシーは嬉々として教鞭を振っている。

 生徒はノートに記録しながら、適宜手をあげて質問を投げていく。


 あっと言う間に時間は過ぎ、授業が終わる。

 休憩時間が終わり、次の授業が始まる。


 政治。

 金融。

 法律。

 税金。

 その他数学、化学、文学、外国語。


 およそ他の学校で聞き覚えのない科目が、続々と教えられていく。

 授業時間は70分。その間、教師は手を替え品を替え、生徒の興味を引き立てて、授業を行っていく。


 滞りなく授業を終えて放課になる。

 時刻は午後の6時過ぎ。

 終わりの鐘を聴きながら、レインとアリアは寮への道を辿った。


 ふと何者かの視線を感じた。

 目を動かしてあたりを見渡す。

 と、東の方向に二人の男女を見つけた。


 シェリーとビルだ。

 彼らは木陰に隠れながら、じっとこちらを見つめている。

 レインの視線に気がついたのか。

 2人は何食わぬ顔をして、その場を立ち去っていく。


「どうしたの」


 アリアが尋ねる。

 レインの視線につられて、彼女も木陰に目を向けた。

 そこには誰もいない。

 木の葉がゆらゆらと、風にあおられ揺れ動く。


「なんでもない。行きましょ」


 アリアの背中を押して、レインは先を急ぐ。

 今夜は何かありそうだ。そんな予感が彼女の脳裏をよぎった。

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