一章 

第2話

 娘を殺してくれ。

 唐突の依頼にレインは耳を疑った。

 依頼を持ってきたのはレオン・イラス・フリクセン。

 マフィア『サイプレス』のボスである。


「あなたに、娘なんていたんだ」


「お前が消えた後に生まれた。お前が知らなくても、無理はない」


「へぇ、そう。何歳いくつよ」


「今年で16になる」


「あらあら、もうそんなになるの」


「家内の子じゃない。農婦の子供だ」


「農婦って、もしかして最近流行りの不倫ってやつ?」


 レオンは苦い顔をした。

 どうやら図星らしい。

 体を前のめりにして、レオンの顔を覗く。


「よっぽど綺麗だったのね、その農婦の子。で、どんな子だったのよ」


「ほじくり返すな」


 レオンは鋭い視線を、彼女に投げかける。

 これ以上聞けばただじゃおかない。そう言いたげだ。


「おぉ、怖い怖い」


 レインは手のひらをひらひらと振ってやる。


「そんな怖い顔しないでよ」


「こんな話をするために来たんじゃない」


「でしょうね。私にするより奥さんに漏らしたほうが、よっぽど面白そうだもの」


 また睨まれる。


「冗談よ、冗談。そんなに怒んないで」


 これ以上からかえば、今度は銃をむけてきそうだ。

 早々に話を切り上げると、話題を依頼に戻す。


「ようはその娘を殺せばいいんでしょ」


「ただ殺すわけにはいかない。娘を守り、指定した日にちと場所で、殺してほしい」


「やけに注文が多いじゃない。どういうこと」 


 レオンはジャケットに手を入れる。

 そして、胸ポケットから一枚の写真を取り出し、机に置く。

 写真には、一人の少年が写っていた。


「ウィリアム・ベンハー皇太子殿下。お前も名前は知っているな」


「ええ。ロドリック王の息子でしょ。……噂にたがわず、美少年ね。大人になったら、女たちが放っとかないわよ」


 写真を指でつまみ上げ、皇太子の顔をしげしげと眺める。


「娘を殺すのは、ウィリアム殿下と結婚が済んだ後、祝賀パレードの最中にやってくれ」


「結婚? 何、あんたの娘って皇太子と恋仲なの」


「そうだ」


「へぇ。それは驚き」


 レインは写真をテーブルに投げ、ソファの背もたれに体を預ける、

 タバコを口に咥えると、ライターで火をつけて紫煙を吐き出す。

 

「犯人はこちらで用意しておく。お前は娘を暗殺しだい、その場を離れろ」


「まどろっこしいわね。どうしてそんな手間かけるのよ」


「バスカと戦争をさせるためだ。かねてより敵対していた隣国に、こちらから攻めいる口実を作らせる」


「呆れた、マフィアから戦争屋に鞍替えしたわけ」


 タバコを灰皿に入れ、ねじり消す。


「お前がいない間に、状況が変わったんだ」


 レオンはポケットから革製の手帳を取り出す。

 見開きの左側。

 そこにレオンの顔写真とともに、身分証明書が入っている。


「何よ、これ」


「6年前。我々をはじめ、多くのマフィアが国家の傘下に加わった」


 麻薬犯罪取締局 局長

 堅苦しい肩書がレオンに与えられている。


「へぇ、国家の犬にね」


 その一言に、レオンの眉がぴくりと跳ねる。


「いらない一言だったかしら?」


「……いいや、その通りだ。組織の為だが、形で見れば犬に落ちたに違いない」


 手帳を返されると、レオンは胸ポケットにしまう。


「バスカは我らの交易路に我が物顔でのさばっている。国の貿易船もそうだが、何より取引に使う船まで、襲われる始末だ」


「大赤字ね」


「全くだ。早いところ手を打たなければ、金が入ってこない」


 レオンは両手を揉み、ため息を漏らす。 


「バスカにはすでに部下が入っている。あちらのマフィアとも話をつけた。戦争が始まり次第、内部より反乱分子に扮したマフィアが鎮圧に乗り出す。うまくいけば、半日足らずで陥落させられるはずだ」


「用意がいいのね」


「一世一代の大芝居だ。不足があってはならん。だが……」


「不足の事態が起きた、でしょ?」


 レインが尋ねる。

 レオンは眉をひそめたが、肩を落とし頷いた。


「バスカのスパイが政府内に潜り込んでいた。幸い本国へ連絡される前に処分できたが、どの程度まで知られたのか判断がつかない。もしも娘に何かあっては、計画が破綻をきたす」


「あらあら、そんなことで大丈夫なのかしら?」


「だからお前に頼んでいるんだ」


 古時計が15時を告げる。

 レオンは立ち上がると、コートを肩にかける。


「これを知ったからには、お前には協力をしてもらう。もし断れば……」


「殺すって言うんでしょ。懐かしい脅し文句だこと」


 肩をすくめるレイン。

 指の間でタバコをくゆらせ、口の端にくわえる。


「別に断りゃしないわよ。あなたには育ててもらった恩義があるし、こうして自由を与えてくれた借りもある。でも国同士の揉め事に関わるつもりはないわよ。後から戦争に参加しろとか言わないでよね」


「役目を終えれば、お前は自由だ」


「そう、なら話を聞きましょう。私は誰と何をすればいいの」


 深く息を吸い込む。

 タバコは灰になって、灰皿の上にこぼれ落ちていく。


「娘の名前はアリア・サヴリナ。お前はアリアの護衛となって、彼女とともに学園で過ごしてもらいたい」

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