マーダー・セキュリティ【暗殺警護】
小宮山 写勒
プロローグ
第1話
11月22日 午後12時15分
セント・チャーチル教会で、結婚式が執り行われた。
新郎ウィリアム・ベンハー皇太子。
新婦アリア・サヴリナ。
誓いの口づけをする2人に、拍手が送られる。
教会の空に破裂音が響く。
式が滞りなく終了した合図だ。
玄関の大扉が開かれ、純白の新婦と新郎が姿を現した。
教会からまっすぐに伸びた大通り。
詰めかけた市民たちから歓声が上がった。
「さあ、行こうか」
ウィリアムが手を差し出す。
アリアは彼の手を見るばかりで、手を取ろうとしない。
「どうしたんだい?」
「その、緊張しちゃって」
アリアは深呼吸を繰り返す。
「大丈夫だ。僕がついている」
アリアは彼の顔を見つめると、静かに頷いた。
緊張に震える手が、ウィリアムの手を握りしめる。
指が絡み合い、2つの手が硬くつながる。
「殿下、こちらへ」
運転手が2人を招き、リムジンへ案内する。
「よろしいですか」
「ああ、出発してくれ」
車体がにわかに揺れ動く。
走り出した車は、まっすぐに大通りを進んでいく。
祝福の声と声。重なり合い、巨大な音になって窓を揺らす。
「上を開けます」
運転手が操作をすると、リムジンの天井が、モーターの音と共に開かれていく。
陽光にアリアは目を細める。
左右から聞こえる歓声が、大きな波になって鼓膜を揺らした。
「座席を上げますので、お気をつけを」
後部座席が上昇する。
座高が少し高くなり、人々の顔がはっきりと見えた。
「手を振ってあげて」
ウィリアムがアリアの耳元でささやいた。
アリアがわずかに首肯し、おずおずと掌を観衆に向ける。
「幸せになりなよ!」
どこからか声が聞こえてきた。
アリアが顔を向けると、友人が力強く手を振っていた。
白い髪に浅黒い肌、長身の女。
見知った友人の顔は、観衆の中でよく目立った。
「よかったな。友達が来てくれたみたいで」
ウィリアムが言う。
アリアは表情を引き締めて、「そうね」と返事をした。
「気を張る必要はないんだよ。笑いたかったら、笑えばいいんだ」
「そうね、ごめんなさい」
「謝らないでくれ。責めているわけじゃないんだから」
ウィリアムは困ったように笑う。
「ゆっくりと慣れていけばいい。焦る必要はないんだ」
「……ありがとう」
ほんのりと赤くなった頬。
照れ臭そうに頬を緩めながら、アリアは再び観衆に目を向けた。
午後12時25分
大通りを見下ろすマンションの一室。
一人の女が窓越しにリムジンを眺めている。
時間だ。
タバコを踏み消すと、彼女は壁に立てかけた狙撃銃を構える。
狙うのは、リムジン。
仲睦まじく話す2人の顔を、スコープ越しに見つめる。
午後12時30分
スピーカーからクラシックの音色が響く。
どんどん、どんどん、部屋の上下左右から抗議の殴打音が聞こえてくる。
女は静かに息を吸う。
息を止め、引き金にそっと指をかけた。
音が消える。
35mmの世界に集中する。
狙いを定め、指を引く寸前、新婦が新郎にしなだれかかった。
「さようなら」
ためらうことなく女は指を引いた。
発砲音が空気を揺らす。
通りの歓声は、悲鳴に変わった。
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