拝啓、子犬のワルツ

弐ノ舞

子犬のワルツ

 たぶん会えなくなるわけじゃないし、そもそも初めから僕のモノではない。人をモノ扱いするのはよくないことなのだろう。だけどあえて僕はモノ扱いをしたい。他の誰かと契約を交わし、その人と一生涯を共に過ごしていくなんて、僕にはモノのようにしか思えない。ただ意志があって、自分で行動することができるだけの所有物にしか、僕にはどうしても思えないんだ。

 僕がそう思ってしまうのには、彼女の性格のせいもあるだろう。自分の意志を表示することは少なく、体が弱い。流れるままに身を任せて、人生を草船のようにして過ごす。彼女の最後は花瓶に生けられた一輪の花のようにみるみるうちに衰弱して、気が付いたら枯れているに違いない。僕は所詮その花が色あせるまでの過程を、窓の外から眺めているだけの無力な傍観者に過ぎないのだろう。

 「自分ならもっと幸せに、美しくさせられるのに」

 そんな幻想を抱く。実際はそんなことないのかもしれないのに、それだけの力を持っていないだけかもしれないのに。

 「出会うのが少し遅れたから彼女を手に入れられなかったんだ」

己の無力さに対し、そんな言い訳をする。


 時間だけが残酷に過ぎ去る。もう心の底から彼女と会うのを楽しめることはないのだと考えると、気が狂いそうになる。彼女が式を挙げる日はもう近い。だけど僕は無力だ。できるのは曲を書いて彼女に捧げることだけ。形のない最高のモノを僕が教えてやる。


 しかし、いざ曲を書こうとしても暗い感情が先走る。彼女に伝えたいのはそんなものじゃない。僕が伝えたいのは、まるでワルツのように高鳴ってしまう僕の鼓動が、子犬のように素直で愛おしい君と過ごす日々が...僕にとって宝物だったってこと。バカだな、伝えたいことは決まっているのに、そんなこともできないだなんて。君がきっと今の僕を見たら笑うだろうね。

「天才ショパンが何してるのよ」

ってさ。


 そうとなればもう決まった。曲調も伝え方も、そして伝えたい人も。だけどひとつだけ決まらないものがある。どうしたらいいものだろうか。肝心の曲名が思いつかない。「子犬のような君へ」、「ワルツのように踊る僕の鼓動」、こんな曲名は恥ずかしすぎる。誰にもこの思いを、葛藤を、醜さを悟られないようにしたい。となればこれしかないか。素直にこの思いを教えてなんてあげない。君の飼っている子犬の様子を表現したんだっていってやるんだ。


最後のレッスン。これで何のしがらみもなくジョルジュに会えるのは最後だ。肝心の彼女はというと涙目。まったく、泣くのはこれからだっていうのに。

「大好きな君へ、子犬のワルツ」

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拝啓、子犬のワルツ 弐ノ舞 @KuMagawa3

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