第5話 ヒロイン登場でどうなった?

 ピンチ! 私の浅はかな行動のせいで、自分はおろかエルフリーデまで危機に追いやられてしまっております。

 鋭い目つきでこちらを睨みるける3人に、エルフリーデは何も口にすることは出来ない様子です。しかしながらこんな状況に追いやられてしまった中でも、何故か私には危機感というものが欠如してしまっていたのです。


「カロリングさん! 早く、その汚らわしい犬を他所にやってくださらない!」

「えぇ、アーレンベルク様の仰るとおりですわ」

 うん、取り巻きたちの台詞回しを聞いてもどこか既視感を覚えてしまいます。

 そこはやはりアニメの、世界の強制力なのか。何故か思い出すことができない状況になっています。とにかくこの状況から抜け出さなければいけない。とりあえずエルフリーデと3人の間に立ち塞がりながら、低い唸り声を上げます。


 取り巻きの2人はそれで怯んでくれるのですが、その中で変わらずにこちらを睨みつけるのはレオノーラ嬢。


「ねぇ、カロリングさん」

 その声に私もハッと息を飲み込んでしまいます。やはりこのゲームの第一の壁となるお人であらせられる。ものの一言で、場の主導権の全てをとりさってしまわれました。

 美しく靡く銀の髪をかきあげながら一言、彼女はこう繋げます。


「わたくしの友人の中にこんな常識はずれの方がいるということも不愉快ではありますけれども、申し上げた通り貴女はわたくしの友人なのです」

「それは……?」

「友人の誤りは正して差し上げないと」


 ふふと笑みを浮かべ、レオノーラ嬢が取り巻きの2人に目配せをします。

 次の瞬間、私とエルフリーデの間に土人形が顕れました。

完全に忘れてしまっていましたが、この世界は剣と魔法のファンタジー世界と言うなんともテンプレートな世界。魔法で人に危害を加えることなんて造作もないことなのです。

 ですが周りの目があればそんな暴挙に出る人間などいようはずもないのですが、今ここにいるのは私たちだけですし、しかも相手は公爵令嬢。きっとやりたい放題だーなんて考えていらっしゃるのでしょう、浮かべた笑みはどこか嫌らしいものです。


 これは本当にピンチかもしれませんよ。

 しかしここでエルフリーデが傷付けられるようなヘマは出来ません。幸いも今矛先が向いているのは私のと言う存在です。

 いざとなれば威嚇するだけしてこちらに引き付ければ、エルフリーデだけは無事に済むでしょう。まぁ私はただじゃ済まないのですが。


 さぁ、緊張の一瞬。私も一気に駆け出そうとした瞬間、目の前に大きな影が立ち塞がりました。そして鈍い破壊音と共に舞い上がる土煙。突然の展開と撒き散らされた土煙にむせ返りながら、頼りなく視線を頭上に移すと、そこには『彼女』が立っていたのです。


「あら、ご機嫌よう、みなさま。もう昼食は終えられたのですか?」


 声が響くと同時に土煙が晴れていく。声はまるで鈴のように小気味よく私たちの間を駆け抜け、その存在の大きさを露わにしています。

 何よりも目を引くのは、日の光を反射しているのではないかと思わせるほど輝きを湛えた黒髪。そしてスラッと伸びた腕はまるで磁器を思わせるほどに淡く白い。

ここまで聞けばどこかか弱い女性のような印象を受けてしまうだろうが、事実はそうではないことをおそらく皆様なら気づいていらっしゃるでしょう。


 だって、土人形を吹き飛ばしたのは、彼女の拳の一振りなのですから。


「ひっ……」

「グ……」

 短い悲鳴を上げる取り巻きの2人。

 しかし流石は公爵令嬢であらせられるレオノーラ様。怯えの色を瞳に湛えながらも、毅然とした態度を取り繕うとこう返されます。


「ご、ご機嫌よう、グライナーさん」


 そう、彼女が『ハルカ・グライナー』。

 アニメ、『ときめき☆フィーリングハート』のヒロインにして、鉄拳(制裁)の乙女の異名を持つ、おそらく作品中最強のキャラクター。初期性能から反則級のお人なのである。


 そんな彼女の登場にレオノーラ様以下、取り巻きたちも気が気ではない様子。

 ハルカさんは私たちとレオノーラ様に何度か視線を送り、なるほどと納得したような表情を見せます。


「お戯れをなさっているのでしょうか。どこかのっぴきならない雰囲気を感じますわ」

「べ、別に! ただお話をしていただけです!」

 取り巻きその1の返しには焦りを隠すことができていません。しかしその焦りを見逃すほど、鉄拳の乙女は甘くはない。

「ですよね。誰かを傷つけるなど、思慮深く慈悲の心に溢れていらっしゃるアーレンベルク様たちがなさることも、指示されることもきっとありませんわ」

 その瞬間、言葉に出来ない怖気が私の体を駆け巡った。今感じているこれを恐怖と言って差し支えがないはずだ。

 この怯えに耐えきれなくなったのか、ヒッと声を上げて3人はそそくさとその場から逃げ出していきます。


 そんな3人の後ろ姿を眺めアララと一言漏らしながら、こちらに向き直るハルカさん。

「……」

 ですがなんと言うのか我がご主人様、先ほどまでのハルカさんの雰囲気を忘れられないのか、呆然としてすぐに言葉が出てきません。

 本当に仕方がない子だ。私はエルフリーデの足にすり寄りながら、ねだるような声を出す。


「べ、別に感謝なんてしていませんからね! 今から逆転してやるぞーって反撃の目を探していたんですからね!」

 私の動きに促されるように彼女から出てきた言葉はまさかのツンデレワード。

 強がるのも別に良いのですが、素直にお礼の言えないのはいただけない。私は改めて低い唸り声を上げます。


「でも、助けてくださったことにはお礼を申し上げます」

 うん、やはり素直が一番。

 和かに、そして優しくエルフリーデの頬に触れるハルカさん。

 あれ? なんか様子がおかしいのですが。


「そんな素直にお礼が言えないところも……本当に可愛らしい方ですね」

「な、な、なにを仰ってるの!」

「ふふふ、そうゆうところも可愛いですよ」


 おかしい。アニメの中ではハルカは腕っぷしと我が強い女の子だったはずだ。

 こんな風に女性に接することはないはずだったのだが、こんな風にエルフリーデに接するシーンなどは、特に描かれていなかったはずなのだ。


「本当に、本当になんて可愛らしいお方なのでしょう」

「あ、そんな、ことはぁ……」


 人が恋に落ちる瞬間とはまさにこんな時のことをいうのでしょう。

 まぁ自分のご主人様が、同性のヒロインに恋に落ちたのですが。


 ここで私は思い出したのです。

 今まで目の前で繰り広げられていたシーンが、主人公であるハルカが攻略対象である男爵子息に惚れられるシーンであったと。あの時は悪役令嬢の取り巻きは男性で、第一王子に馴れ馴れしく近づく男爵子息に『身の程を判らせる』ということで、虐められていたはず。結末はハルカさんの鉄拳制裁で場を制するというもの。

 まぁこの物語の骨子自体ハルカさんが攻略対象の男性たちを、その男前さで惚れさせてしまうと言うものなのですが。


結局今回はエルフリーデがハルカさんに攻略されてしまいました。

 ま、別にいいか。深く嘆息しながらその場で伏しながら目を閉じた。


 エルフリーデを悪役令嬢にしない方法。本当に幾つもあるのかもしれないその方法。

 もしかしたら私が一番嬉しい方法って、この結末なのではないか。


 ぐへへなんて笑みを浮かべながら、私は改めて惰眠を貪ることとしましょう。


 それでは皆様、これに物語の一幕の終了でございます。

これ以降は、また別の機会にと言うことで。

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彼女を悪役令嬢にしないための10の方法 桃kan @momokwan

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