サンタ×バトル×ファンタジー

牛☆大権現

第1話

雪の降る、寒い夜。

その雪を降らせる雲の上を、ソリに乗り飛んでいく影がある。

そしてその影は、眠っている沢山の子供を抱えている。


「追い付いたぞ、ブラックサンタ」

そこに追従するように、飛翔するもう一つのソリ。

ブラックサンタと呼ばれた男は、嗤うような声で返答する。

「ヒヒッ、誰かと思えばサンタ様じゃないか? 一体何の用事だい?」

「その子供達、あなたの仕事の領分を超えている疑惑がある。一度、こちらに引き取らせて貰うぞ! 」

「なんだ、そんな事か。ほれ、返してやるから受け取れ! 」

ブラックサンタは、抱えていた子供の一人を、サンタに投げ渡す。

サンタは、慌てて子供を受け止める。

素直に応じると想定していなかったのか、サンタの表情は驚きに満ちていた。

「鳩が豆鉄砲食らったような顔して、どうした? 返して欲しいと言ったから、渡したまでだが? 」

「そうか、疑ってすまなかった! なら、残りの子供達も引き取らせて貰った上で、我らの主に君の罪を告解しよう! 」

その言葉を聞き、ブラックサンタは嘲笑する。

咎めようと、手を伸ばした時だった。

サンタが、吐血した。

その腹に突き立つのは、小さな一本のナイフ。

その柄を持つのは、今しがた投げ渡された子供だった。

「これは、酷いぞ、ブラックサンタ…」

サンタは、悲しそうな声を最後に、地上へとまっ逆さまに落ちていく。

主を失ったソリは、彼らを追いかけて地上へ向かう。

後の空にはただ、勝利に酔う男の狂ったような声が響くばかりだった。


三田 交叉(みた くろす)は、普通の大学生だった。

現在は、大学で保育の技術を学んでいる。

将来はNGOに参加して、教育の行き届いてない地域での、保育教育普及活動に貢献したいという目標があった。

それはそれとして、現在彼はレジャーの一環でスキーに参加している。

不運にも、崖に近づいていた子供を止めようとして、自分が滑落してしまったのだが……

それが、彼の運命の分岐だったのだろう。

彼は、滑落した先で、赤い服を来た老人を発見した。

腹部を、その服の色より赤い血の色で染め、真っ白い筈の雪の地面も、その色が染み込んでいる。

「大丈夫ですか! 」

彼は、自身も遭難者であるという事実を忘れ、老人にかけよる。

声に返答はない、意識を失っているようだ。

首筋に手を当て脈拍確認、弱いながら鼓動はある。

同時に、胸の動きで呼吸も確認、生きている事実にほっ、と息が漏れた。

けれども一刻を争う状態に変わりはない、彼は老人を抱えると麓に向けて降りていく。


「……おや、君は一体? 」

歩いている時の振動で、老人が意識を取り戻す。

「三田 交叉(みた くろす)と言います。あなたが倒れているのを発見したので、連絡が取れる場所まで移動しています。傷が痛むでしょうが、もう暫く辛抱してください」

「ありがとう、心優しき青年よ。だが、私の事は良い。早く、置いて逃げてくれ。」

老人の不可解な言動に、交叉は首を傾げる。

「何から逃げろと、仰っているのですか?」

「ブラックサンタだ。彼は、私を確実に殺すために探しておるじゃろう。そして、その過程で目撃者を消す可能性がある。残念じゃが、儂に君を護りきる力は残されておらん」

「……すみませんが、今は冗談に付き合っている余裕はないんです。」

「信じてもらえないのも、無理はない。だが、頼む、君が生きる為に私の事は捨ててくれ! 」

老人が、青年に懇願する。

けれども、既に遅かった。

「漸う見つけたぞ、サンタクロース」

上空に影が湧く。

そして、交叉の目の前に、黒い服を着た老人が降り立つ。

「お前に恨みは無いが、生きていると俺の邪魔になるのでなぁ、死んでくれ」

黒い服の老人の視線は、交叉の事が目に写っていないかのように、赤い服の老人にのみ向けられていた。

「待て、あなた達はなんなんだ? 」

「……人間が知る必要はない。この事を忘れると言えば、見逃してやる」

交叉が話しかけて、はじめてその存在を認識したとでも言うかのように、間を置いて返答が返ってきた。

ただしそれは、心底面倒臭そうにであったが。

「目の前で、人が殺されそうになっているのを見て、見捨てる訳にはいきません。だから、止めてください! 」

「そうか、なら死ね」

黒い服の老人が杖を地面につくと、風が吹き荒れ雪が舞い上がる。

交叉は思わず目を瞑る。

一拍子置いて、耳に聞こえてきたのは、何かが斬れたような音。

目を開くと、近くにあった木の枝が、何かの刃物で切られたかのように切断されていた。

「チッ、まだそんな力が残っていたのか」

サンタが、立ち上がって杖を構えていた。

どうやら、交叉の事を守ったようだ。

「だが、最早お前は虫の息。守りを維持出来なくなるまで、攻撃すればよいだけよな」

ブラックサンタが杖を掲げる。

白い蒸気のような何かがそこに集約していくのが、ただの人間である交叉にも見えた。

サンタも、杖を構えて早口で呪文のような物を唱える。

二人が同時に杖を地面に突くと、魔方陣が雪の上に展開される。

ブラックサンタの魔方陣からは無数の剣が飛来し、サンタの魔方陣は見えない壁を作りあげそれを防ぐ。

「……忠告通りにせず、すみません。ですが、俺は先ほどの言葉を信じていても、同じ結論を出しました」

「そうか、君はとても心優しい人物なんだな。そんな人を、守り切れないことはとても口惜しい」

サンタは、未だ腹から出血しながら、それでも立ち続けていた。

「将来の夢が叶わなくなる、という未練はありますが。これが運命なら、受け入れるしかないですね」

交叉は、諦めたように膝をついている。

「……一つだけ、リスクは大きいが、君を助けられる方法があるかもしれない」

「本当ですか? 」

サンタは、苦しそうに言葉を続ける。

「成功してしまえば、君は人間ではなくなるし、とても重い義務を背負うことになる。その覚悟があるのなら、だけどね」

「やります! 俺にはまだ、やり残した事があるんです! 」

「即答か、ならばやらせてもらおう! 」

サンタは、不可視の壁を維持したまま、吟うように詠唱した。

「サンタクロースの称号において、宣誓する! 我これより三田少年に、この力と称号を譲渡せん! 」

サンタは後ろ目で、交叉を見る。

「汝、三田 交叉。サンタの名を継承するか否か、答えよ! 」

「継承します! 」

「宜しい! これより汝は2代目サンタクロースなり! 汝に、主の加護と祝福があらんことを!! 」

不可視の壁が砕け散る。

いくつもの剣が、二人を串刺しにするかと思われた時――

奇跡は、起きた。

剣は、力を失いその場に落ちる。

「称号の継承とは、無駄なことを……と思っていたが。これは、中々」

ブラックサンタは、唸らざるを得なかった。

交叉は、腕を剣に向けて突き出している。

「"命令"は聖者の奇跡の基本。剣に止まれと命じれば、静止するのは当然ではある。だが、それを言葉にすらせず、触媒すら用いず行うとは、想定外の"力"だ」

「……引いて頂けますか?早く先代サンタを病院に連れていく必要がありますので」

「新たな脅威、みすみす逃すと思うたか?」

巨大な雪の玉が、生成されて、それが圧縮されていく。

今度は、発射を待たず自壊した。

「術の主の命令を上書きできるということは、単純な強制力はこちらが上回ってる、という理屈らしいですね。次は、容赦しませんよ? 」

「……今回は退かせてもらうとしよう。だがな、次は覚えておれよ! 」

ブラックサンタは、呼んだソリに飛び乗り、逃げ去った。


「……済まない。私の責務を、君に背負わせる事になってしまった」

「いいえ、俺が決めた事です。先代が気にかけるべき事ではありません」

「そうかい、君は私よりよほど聖人のようだ。……ブラックサンタは、今度はより準備を整えてくるはずだ、戦いはより過酷になる」

「どうすれば良いでしょうか? 」

「"トナカイ"の資質をもつ人間を、探しなさい。サンタは、共に戦う存在がいることで、より強くなれるのだから」



ここから、二代目サンタクロースの戦いは始まった


これは、聖夜の奇跡の物語である。










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