第21話  第3章第3節1項:絶詠の考察

 次に、絶詠について見ていく。これは死の前日に書かれたものであり、全集14巻では以下のように説明されている。


 前日の冷気がきつかったか 、(58)呼吸が苦しくなり、容体は急変した。花巻病院より来診があり、急性肺炎とのことである。政次郎も最悪の事態を考えざるを得なくなり、心の決定(けつじょう)を求める意味で、親鸞や日蓮の往生観を語り合う。そのあと賢治は、短歌二首を半紙に墨書する。 (59)


 急性肺炎との診断を受け、自分の死がいよいよ間近に迫っていることを実感したのであろう。父政次郎と代々宮澤家が信仰してきた親鸞、賢治が信仰してきた日蓮の往生観を語り合うことで、自分がどのように死んでいくのかを整理したと考えられる。その心持ちの中で書かれた短歌2首が以下である。


 方十里稗貫のみかも

 稲熟れてみ祭三日

 そらはれわたる (60)


「方十里」とは、十里が約39キロ、方は四方のことであるから、39キロ四方約1500㎡の非常に広い土地である。 (61)「み祭」とは鳥谷ヶ崎神社の祭礼である。9月17日から19日まで三日間ある鳥谷ヶ崎神社のお祭りで、17日には賢治は店先から山車を見て終日楽しんだ。(62)「そらはれわたる」で、稲の熟れた田や道に出た祭りの山車から、秋晴れの高い空へと視点の移動が行われる。雲一つない青空が澄みきった賢治の心象を表していると考えられる。 (63)


 病のゆゑにもくちん

 いのちなり

 みのりに棄てば 

 うれしからまし (64)


「病(いたつき)」については、佐々木幹郎「宮澤賢治の「いたつき」」に詳しい。

 いたつきとは、①ほねおり、労苦、②病気、③功労とあり 、(65)病の意より先に、骨折り、苦労とある点から佐々木は「いたつき」の語の出てくる賢治の晩年の作品を考察している。

「みのり」は、稲の稔りと法華経の御法の掛詞である。田口はこれについて、「「みのり」は「稔」と「御法」にかかる言葉で、一方では仏教の教え、ここでは法華経のために生命を棄てることも喜んでいる。最後まで法華経の行者としての賢治の姿をうかがうことができる。」(66) と述べている。

「うれしからまし」について、「まし」は反実仮想の助動詞である。『角川新版古語辞典』では「事実に反する状態を仮設して、想像する意を表す。①事実に反することを仮設する条件が上にある場合。もし…であったとしたら…ただろうに。もし…たとしたら…だろうに」としている 。(67)現実ではそうならない願望を表す助動詞である。

「みのりに棄てば/うれしからまし」を直訳すると、「稔(御法)に捨てることができたとしたらどんなにうれしいことだろう」となる。 (68)


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(58)前日19日には、賢治は夜露の降りる夕方まで鳥谷崎神社へ還御する神輿を見ていた。宮澤 『全集14巻』pp.714‐715を筆者要約

(59)宮澤 『全集14巻』p.715より段落分けは筆者による。

(60)宮澤 『全集1巻』p.340より

(61) 花巻市の面積は908.39㎡ 花巻市HPより

https://www.city.hanamaki.iwate.jp/shisei/toukei/1003857.html(2019/11/26閲覧)

(62)宮澤 『全集14巻』p.714より筆者要約

(63)現代語訳:稗貫郡の十里四方に稲が登熟し、昨年の冷害に比べて、大豊作となった。それを寿ぐように、 祭典の三日間は晴れ渡った。

(田口昭典 『宮澤賢治入門 宮澤賢治と法華経について』 でくのぼう出版 2006 p.267より)

(64) 宮澤 『全集1巻』p.340より

(65) 久松潜一編 『角川新版古語辞典』新装版5版 角川書店1958 p,97より (66)田口 2006 p.267より

(67)久松 1958 p.1063より抜粋

(68)現代語訳:今病気で失う命であるが稲の稔りの役に立つならば、嬉しいことだ。(田口 2006 p.267より)

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