第12話 第2章第2節5項:対象喪失からの回復 ―賢治の場合―
ここまでで、対象喪失の概念の整理と賢治がトシの死による対象喪失をいかに経験してきたかについての整理と考察を試みた。その上で一つの疑問が提示される。
それは、賢治はトシの死から立ち直る(日常生活へと回復する)ことができたのかという問いである。これについて賢治は同じく「青森挽歌」の中で以下のように述べている。
けれどもとし子の死んだことならば
いまわたくしがそれを夢でないと考へて
あたらしくぎくつとしなければならないほどの
あんまりひどいげんじつなのだ
感ずることのあまり新鮮にすぎるとき
それをがいねん化することは
きちがひにならないための
生物体の一つの自衛作用だけれども
いつまでもまもつてばかりゐてはいけない (38)
ここには、トシが死んだ後も実際に生活をしていかなければならない賢治の冷静な、現実的な見方が表明されていると同時に、まだ大きなショックを受けている賢治の心境が表れている。しかしそれを「がいねん化」することで、すなわちトシは死んでしまってもう会えないということを理性的に了解することで、ショックを一時的にでもやわらげ、トシ亡き後の生活をしていかなければならないとする賢治の決意が読み取れる。その決意のほどが、「いつまでもまもつてばかりゐてはいけない」である。この言葉によって、賢治の心はトシの死から「離脱」することができたのではないかと考えられる。
「まもる」という言葉には「①目を放さずに、じっと見つめる。②(状況を)うかがう。③おかされないように見張りする。④たいせつなものとして保護する。⑤命令やきまりに従う」 という意味がある。(39)ここでの「まもる」という言葉を③の意で考えると、トシの死によるショックで自分の心が崩壊することを防いでいた賢治がその状態を否定することで「グリーフワーク」が完成されたといえる。
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(38) 宮澤 『全集2巻』 p.164より
(39)金田一春彦編 『新明解古語辞典第3版』2007 17刷 p.1051より抜粋
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