第11話 第2章第2節第4項:「オホーツク挽歌」に見るグリーフワーク

 ここからは、童話「銀河鉄道の夜」の執筆のきっかけになっているとされる、オホーツク挽歌と呼ばれる詩群を取り上げたい。今回はその中から「青森挽歌」を取り上げる。これらの詩群は、1923年7月31日から8月12日までのサハリン旅行の間に書かれたとされている。(33)分類としては、旅の中で亡くなった妹トシへの思いを馳せる挽歌であり、賢治からトシの魂に呼びかけていく魂呼ばい歌としての側面も持つと考えられる。

 その例を「青森挽歌」から取り出していく。トシが亡くなった後、トシの魂が平安な天国へと向かうことを願った場面が以下のものである。


 とし子はまだまだこの世かいのからだを感じ 

 ねつやいたみをはなれたほのかなねむりのなかで 

 ここでみるやうなゆめをみてゐたかもしれない 

 そこでわたくしはそれらのしづかな夢幻が 

 次のせかいへつゞくため 

 明るいいゝ匂のするものだったことをどんなにねがふかわからない (34)


 ここで賢治はトシの死を「しづかな夢幻」と表現し、トシは死んだのではなく、夢の中にいて、その夢がトシを次の世界に運ぶものであるという解釈を加える事で、トシが死んでこの世の人ではないという現実が賢治に突きつけるショックを軽減しようとしていると考えられる。また、その次の世界、死後の世界が「明るいいい匂のするもの」すなわち理想の世界であることを願うことで、トシの魂の平安を祈っていると考えられる。またその一方で、賢治は詩中でトシのみを特別扱いしている訳では無いと断言している。


 ああ わたくしはけっしてさうしませんでした 

 あいつがなくなつてからあとのよるひる

 わたくしはただの一どたりと 

 あいつだけがいいとこに行けばいいと 

 さういのりはしなかつたとおもひます (35)


 このように断ることで、賢治のトシに対する思いは永遠化され、死者を悼む詩としての挽歌が完成されたと考えられる。


 賢治がサハリン旅行で作った挽歌において、妹トシの魂の平安を祈りつつ、トシの永遠の不在によるショックを和らげるべく、自身の中である種の合理化を行う過程で、「《みんなむかしからのきやうだいなのだから けつして一人をいのつてはいけない》」 (36)と賢治自身の内なる声が聞こえたことそのものが、前述の合理化が成功した瞬間であると考える。

 その後、「ああ わたくしはけっしてさうしませんでした(中略)さういのりはしなかつたとおもひます」 (37)と告白することで、トシ個人に向けての鎮魂歌的な性格を強くしていたこの詩が、死んでいった「みんなむかしからのきやうだい」に向けての魂呼ばい歌に昇華したと考えられる。


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(33)三上 2016 p.148より

(34) 宮澤 『全集2巻』 p.160より

(35) 同上 p.166より

(36) 同上 p.166より

(37)同上 p.166より








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